となりの専務さん
「嫌っ‼︎」

大声ではっきり拒絶すると、凛くんは動きを止めた。

そして。


「……ごめん」

そう言って、私の上からどいた。


「……キスも、しちゃダメ?」

凛くんにそう言われた瞬間、専務にされたキスの感触を思い出す。
唇のすぐ近くと、おでこだったけど。
でも、あのキスは……嫌じゃなかった。


「……キスも、しないで」

「……うん」

「……出てって」

私がはっきりそう言うと、凛くんはなにも言わずに玄関へ向かった。

私も、なにも言わずに、凛くんに背を向けて、座り込んでた。


……去り際に、凛くんは言った。


「……ほんとにごめん。でも、本気なんだ」

「……」

「……お前が望むなら、俺は音楽を諦める」

「え?」

私が顔だけ彼に向けると、彼も切なそうな顔で、私に振り向いた。



「……俺が家を継げば、お前の家の借金くらい、なんとかなる。今ならまだ、家に戻っても親は許してくれると思う。音楽は好きだけど、お前のことも大好きなんだ」

「……っ」

「……部屋の交代は、考えといて。ほんとに心配だから。でも今日は帰る。大家にもほんとに言わないから、安心して。じゃあ」

玄関の扉が、ゆっくりと閉まった。


……専務も言ってた。俺と結婚してくれたら借金なんとかしてあげるよ、なんて。
なんとかしてくれなくて、いい。私の家のことは、私がなんとかする。

……でも、大好きな音楽をやめてまで私と付き合いたいなんて……。

凛くんの本気は、伝わった。


だけど、私はやっぱり……。
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