となりの専務さん
「ほ、ほんとにならないですか……?」

「うん。代わりにもやしももらったし。そもそも今日のは、べつに落ち込んでる新入社員の石川さんのために買ってきてあげたケーキじゃないから」

「え?」

「お世話になってる、隣人の石川さんに買ってきたケーキだから」

だからいいんだよ、と専務は言った。
お世話になってるなんて……壁に穴を開けて、大変なご迷惑をおかけしてしまっているのに……。
それに、専務はそう言っているけれど、今日の給湯室の件で落ち込んでた私を元気づけるためにケーキを買ってきてくれたのは明らかで。
気を遣わせてしまって申しわけない、と何度も何度も思う。でも、気を遣ってくれる人の存在が、今はとてもうれしくて。

「ありがとうございます」

私はそう答えた。

でも、やっぱりケーキのことはほかの人には黙っておこうね、と専務に言われ、私も頷いた。


「あと、同じアパートに住んでることも隠しておこう。べつにバレたところでどうってわけじゃないけど、変に誤解されることもあるかもしれないし、わざわざ自分たちから言うこともないかなって」

「そうですね」

それに関しても同意だったので、私はもう一度頷いた。


「ふたりだけの秘密ね」

専務はそう言った。


……なんでだろう。専務とふたりだけの秘密。その言葉に、不思議なうれしさを感じたのは。
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