となりの専務さん
「お金がない?」

「はい……。私は父と姉と私の三人家族で……あ、母は私が小さい頃に病気で他界してるんですが」

「うん」

「私の家は、ここから少し離れた市で蕎麦屋を経営してたんですが、元々経営難だったうえに、父が借金の連帯保証人となり、先日債務者に夜逃げされ……」

「ドラマみたいだね」

「そ、そうなんですよ……」

私は話を続ける。

「蕎麦屋を売り払ったことで、ひとまず多少は落ち着き、借金はもちろん残っていますが、すぐにどうこうという悪い状況ではなくなりました。
でも、父は心労がたたって倒れ、今は祖父母の住んでる長野で祖父母と姉といっしょに暮らしてます」

「大変だね。お父さん大丈夫?」

「はい。一時期は入院していましたが、幸いすぐに退院できて。祖父母と姉もついているので、なんとか。


……本当は、私も大学なんて辞めて、父と姉といっしょにに長野に移ろうとしたんです。
でも、あと少しで卒業だったから、父も姉も東京に残してくれて。

そして、こっちで大きな企業に内定が決まっていたので、東京に残って働きなさいって言われて……。

借金のことで広香に迷惑かけたくない、お前はお前の人生を頑張れとも。


すごく悩みましたが、家族のせっかくの気持ちも大事にしたかったし、あの会社で働いたら、結果的にお金は稼げるかもって」

「そっか」

「ちなみに卒業前に蕎麦屋は売り払ってしまったので、この家に引っ越してくる昨日までの間は、友だちの家や野宿などで乗り切りました」

「野宿って」

「そのくらいの覚悟も必要だったんです。
どんな困難が立ちふさがろうとも、どんな大きな壁が立ちふさがろうとも、がんばろうって思っていました。
なのにまさか、大きな壁が立ちふさがるどころか、壁にこんな大きな穴が開くなんて……」

「びっくりだね」

本当にびっくりです。
家賃の安さ重視でこのアパートを選んだのが裏目に出てしまった……。
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