となりの専務さん
「ほ、本当に申しわけありませんでした。
わ、私、昨日から引っ越してきた、石川 広香(いしかわ ひろか)と申します。二十二歳です」

「あ。はい、初めまして。俺は響 涼太(ひびき りょうた)と言います。二十九歳です」

私のあいさつに対して、その男性ーー響さんも普通に返してくれて、ひとまず少し、安心した。

無表情で、抑揚のない話し方だったけど、少なくとも激怒してる様子はなくて、怖い人でもなさそうだった。


「あの、偶然……ですね……。昼間も会って……」

「そうだね。偶然」

「あっ、昨日もごあいさつに伺ったんですが、お留守だったみたいで…」

「ああ、そうだったんだ。昨日は仕事が終わらなくて夜まで帰れなくて。今日は土曜だから休みだったんだけど」

「そ、そうなんですね」

「で、この壁どうしようか」

「う……」

どうするといっても修理するしかないんだけど……。
でも、でも今はーー……。


「……そんなに心配しなくても、こんなの明らかにアパートの老朽化が原因でしょ。全額とはいかなくても、大家さんがだいぶ負担してくれると思うけど」

壁の穴を見ながら響さんがそのように言う。
無表情だからわかりづらいけど、たぶん私を安心させようとそう言ってくれてるんだろうなと思うので、きっとやさしい人なんだろうな……と思う。ていうか、壁に穴を開けられて激怒しない時点ですごくやさしい人だよね……。


だけどーー……。



「……それでも、ムリで……」

「え?」

「…….少しの間、壁の修理を待っていただけませんか?」

「なんで?」


……この事情は、仲のいい友だちにも話してないし、できることならこのまま誰にも知られたくないことだけれど、この状況では、話さないといけない。壁に穴が開いたのは響さんはなにも悪くないし。百パーセント私が悪いし……。


そう思い、私はゆっくりと”石川家の事情”を響さんに話していく。



「あの……実は、私の家、お金がないんです」
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