お帰り、僕のフェアリー
Catherine(カトリーヌ)は静かに目を閉じてから、また僕を見上げて、寂しそうに微笑んだ。
「おやすみなさい。」
「おやすみ。」
そう言い合って、彼女はドアノブに手をかけた。

僕がほっとしたその瞬間、彼女は身を翻して、僕に飛び付き僕の顔を両手で挟み込み、強引に唇を押しつけてきた。

「だめだ……って」

そう言おうと口を開いた僕の中に、彼女の舌が入り込み、官能的にうごめく。

「今夜だけ……お願い……あの頃のように……」
カトリーヌの言葉に、僕の理性は飛んだ。

息も絶え絶えに、お互いの舌を貪り、僕らはベッドに雪崩れこんだ。

カトリーヌの体はまるで熟れた果実のようだった。
甘い香りと強烈な快楽に、僕は何もかも忘れて溺れた。
まるで強い酒に酔っているかのように、頭も体も痺れた。

カトリーヌはずっと泣いていた。
彼女の涙に僕は言いようのない苛立ちを感じ、ただ極上のご馳走を貪ることに集中した。

避妊具のないことに気付き逡巡した僕に
「ピルを飲んでるから、大丈夫。お願いだからそのまま来て。セルジュを最後にいっぱい感じさせて。」
とカトリーヌが泣きながら懇願した。

僕は背筋に走った震えを振り払った。
彼女の中はどろどろに熱くうごめき僕に絡みついてきた。
脳も全身もとろけるような気持ちよさに僕は陥落した。

獣のような交わりの中に、愛は一つもなかった。
それでも何度も何度も、僕らはかつての恋人を征服し合った。


「c'est fini(終わりよ)」
カトリーヌが固まった涙を美しい指ではらいながら、ベッドからおりた。

「セルジュが意地悪なこと言うからよ。でももう二度とないから。」

成熟した白い裸体はとても美しかった。

「これは復讐よ。」

下着を付けずに手早く衣服を羽織ると、カトリーヌはそう言って、妖艶に微笑み、出ていった。

復讐……か。
鮮やかすぎて、僕は天を仰いで笑ってしまった。


翌日、僕はパリを後にした。
la première(ファーストクラス)はやはり快適で、嫌でもカトリーヌの心遣いを感じる羽目に陥った。

長い年月を僕は独りで苦しんでいたつもりだったが、カトリーヌのほうがもっとつらかったと思う。
彼女の復讐はとても効果的だ。
すっかり忘れてたカトリーヌの記憶をさらに鮮やかに上書き保存されてしまった。

男って、馬鹿だよな。
静稀に絶対バレないようにしなきゃ。

罪悪感はもちろんある。

でも、僕もカトリーヌも、ようやく過去に訣別できたのだと思う。

あとには明るい未来しかない。
……はずだ。
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