お帰り、僕のフェアリー
フェアリー蛹化
有馬温泉から帰った日、静稀は仲良しの咲ちゃんに、メールの返信をしなかったことをからかわれたらしい。

『でも咲ちゃん、明日から東京なんです。もう一緒にいられないんです。』
電話の向こうで静稀が泣きべそをかいている。

咲ちゃんは、A班に振り分けられて、花組の東京公演へと旅立つ。
……ばかばかしい嫉妬心をもてあまして、僕は静稀を慰めることも励ますこともできず、興味を他にそらそうと話題をふった。

「明日、義人も来るらしいんだけどね、あいつは見境ないから、気をつけてね。浮気しちゃダメだよ。」

『あ、それなら大丈夫です。義人さん、咲ちゃんが好みのタイプなんですって。由未ちゃんが教えてくれました。でも大事な咲ちゃんが義人さんに遊ばれて捨てられちゃ悲しいから、私、邪魔するんです』

はあ。
なんか、僕の知らないところで色々な話が出てきてる。

『あの、彩乃先生って、厳しいですか?』
おそるおそる聞いてくる静稀がかわいい。

「どうかな。自分には厳しいやつだけど、他人には何も言わないかも。でもそれじゃ教えることにならないか。なるべく優しくいっぱい指導してくれるようにお願いしておこうかな。」

『お願いします。私、がんばります。』
静稀は力強くそう言った。

実際、静稀はがんばっていた。
次の公演のお稽古が始まるまで劇団レッスンは全て出るし、それ以外にも日替わりで歌とダンスのお稽古を入れている。
夕方からは、僕の家で日舞。
彩乃の来られない日は、僕と梁塵秘抄を読むらしい。
僕は、ほぼ毎日静稀と会えることがうれしくてうれしくてたまらなかった。



翌日、昼過ぎ、我が家はずいぶんと賑やかになった。
なぜか午前中から義人が押しかけて、彩乃と静稀を待ち構える。

「お前が一番気合い入ってるんじゃないか?」
「榊高遠くんとやっと会えるし、彩乃も来るし。3人集まるの、久しぶりやろ?」

義人の作ったランチを食べていると、彩乃が到着。
「俺にも食わせて。腹減った。」
午前中の講義を終えてすぐに来てくれたのだろう。

「ありがとう。忙しいのに、ごめんな。今日からよろしくお願いします。優しく、いっぱい教えてやってください。」
深々と頭を下げる僕に、彩乃は一歩退く。
「気持ち悪いからやめてくれ。バイトやろ?ちゃんと見るから。」

バイト、と言っても、報酬金はたかだかしれている。
彩乃の立場ならもっと高額を要求できるのに、こいつはここまでの交通費程度しか受け取る気がないのだから。
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