お帰り、僕のフェアリー
その夜、僕は義人と共に新幹線に乗った。
義人が京都で降りてから、僕は顛末を静稀にメールする。
静稀はれいさんの卒業で、恥も外聞もなく号泣したらしい。

気が済んだら、帰っておいで。
二人で、れいさんの幸せを祈ろう。

一ヶ月半ぶりの我が家は、マサコさんのおかげでいつも通り快適だった。
静稀は、最終の新幹線を乗り過ごしたらしい。
夜行バスで帰るというのを止めて、翌日ゆっくり帰るように勧めた。

翌朝、僕は病院へ行き、ギプスを取ってもらった。
骨は無事くっついたようだが、笑ってしまうほどに筋肉がなくなってしまった。
もともと、細い腕ではあるが、これはひどい!ひどすぎる!
……男の沽券にかかわるので、リハビリで元通りになるまで静稀に絶対見せないでおこう。

僕はそう決めたのだが、その夜うちにやってきた静稀の笑顔を見ると、たまらず、ロビーの柱に静稀を押しつけて、むしゃぶりつくように口づけてしまった。

利き手が全く使えない不自由は、日常生活はもちろんだが、何よりも静稀との関係を歪めてしまった。
2ヶ月弱の長きにわたり、僕は去勢された淋しい雄だった。
正確には去勢はされてないので、交わることは可能だったわけだが、やはり不本意で。

能動的に、僕が、静稀を愛したい。
僕が、静稀を求める。
僕が、静稀を気持ちよくする。

……やっと僕は、心ゆくまで静稀を愛し、貪った。

夢中になりすぎて、骨と皮だけになってしまった腕をさらしてしまったことに気づいたのは翌朝だった。

しまった!


翌日から、雪組の半分は休む間もなくお稽古が始まったらしい。
静稀たちは、3日間の休みを経て、集合日となる。
僕たちは安心して惰眠を貪っていたのだが……。

昼過ぎに、静稀の携帯電話が鳴る。
悪戯心で、僕は静稀を放さず、僕の腕の中で会話をさせる。
はじめは僕の指から逃れようと、じたばたしてた静稀だが、次第に僕を気にしなくなる。
というより、静稀の口元がゆるんでくる。

どした~?
静稀は変なテンションのまま、電話を切った。

「何かあった?いい話?」
そう尋ねると、静稀は僕を見て、にちゃ~っと笑った。

「セルジュ、次のお茶会はドレス着るから、間に合うように作ってね。」
「え?……じゃあ……」
「うん!女役だって~。役替わりだから、半分だけど。」

役替わり!?

「静稀?今まで、わざわざ、事前に電話で役を教えてもらったこと、あった?」
おそるおそる、静稀に聞いてみる。

静稀は、よくわかってないようで、きょとんとしてる。
「ううんと…あ、夕霧の時に。でも何でだろ?役替わりって2役するんでしょ?大変だから?先に台本くれるのかな~。」

暢気な静稀に僕は言った。

「静稀。たぶん、榊高遠くんは、かなり重要な役を、上級生と役替わりで競うんだよ。」

重要な役……主役クラスでないことを祈ってるよ。
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