ヒロインになれない!
兄のすごいところは、確かにいろんな女性との噂が絶えないというのに、振られたであろう人からの恨み言や悪口を聞いたことがないことかもしれない。
うまく立ち回ってるんだろうなあ。

私は彼氏はおろか、まともに誰かを好きになったこともないのに。
それもこれも、出来すぎの兄とその親友2人のせいかもしれない。

11時に、運転手の荒井さんが呼びにきてくれた。
兄と私は、車に乗り込み、岡崎公園へ送ってもらった。

「それじゃ、21時半頃、あの辺に迎えに来てもらえますか?お願いします。」
私は荒井さんにお願いして、車を降りた。

「知織(しおり)ちゃんによろしく!」
そう言って、兄は美術館へと向かった。

兄がどんな女性とデートするのか興味はあったが、知織ちゃんを待たせているので向かいの図書館へと向かった。

まだ正午になっていなかったが、知織ちゃんは玄関に立っていた。
「ごめんな~!待たせてしもて。おはよ~。」
そう言いいながら手を振って知織ちゃんに近づく。

でも知織ちゃんは、ぼ~っとしていた。
知織ちゃん?
目の前まで来ても、知織ちゃんは、宙を見て惚けていた。

「知織ちゃん?お~い!」
耳元でそう呼ぶと、やっと知織ちゃんは私を見た。

「由未ちゃん……」
私の名前を呼んで、知織ちゃんはこっちを見た。
知織ちゃんの瞳はうるうると揺れていた。

「どうしたの?何か悲劇でも読んだ?」

知織ちゃんは、ふるふると首を振った。
「私……私……」

「うん?」

「好きになっちゃった……みたい……」

え!?
「誰を!?いま!?ここで!?」

知織ちゃんは、ほろほろと涙をこぼした。
「わからない……名前も、聞けなかったの……」

どういうこと?
行きずりの人、ってこと?
図書館の入口でする話でもないので、私達は隣の小さな公園のベンチに移動した。

知織ちゃんの話によると、図書館で閉架図書の検索と請求方法がわからず困ってた男性、らしい。
仏像、歴史、天文、中東紛争ルポと、多岐に亘って話が弾んだそうだ。
1時間ほど会話をして、彼は本を返して出て行った、と。

「……かっこよかったの?」
「どうかな。醜くはなかったよ。外見とか年齢じゃなくて、彼の精神(こころ)に惹かれたから……。」
「年齢って!おじさんだったの?」

知織ちゃんは首をかしげた。
「さあ?……完全にギラギラしたおじさん、じゃなかったけど。20代後半から30代前半ぐらいかなあ。心は10代、って感じだったけど。」

……おじさん、やん。

私は言葉を飲み込んで、ため息をついた。
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