ヒロインになれない!
知織ちゃんだもん、同級生とかそのへんの男子を好きになるわけもないけどさ……何で行きずりのおじさんなの!

「どんな格好?スーツ?」
営業マンが仕事をさぼって涼んでる、という可能性もあるので聞いてみる。

「普通に白いTシャツとジーパンにスニーカーだったよ。」

……ほな、思ったより若いかも?

「彼を探す手がかり、あるの?連絡先はもちろん聞いてへんよね?名前も聞いてへんぐらいやし。」

私がそう聞くと、知織ちゃんは赤くなった。
「あ、あの……何も聞いてないねんけど……明日の午前中も来るって。」

なんや!
ほな、明日まだワンチャンスあるやん!

「じゃあ、明日こそメアド交換して、名前も聞かんとね。一人でできる?私も来ようか?」

そう尋ねると、知織ちゃんは私の手をぎゅっと握った。
「ありがとう!私一人じゃ、本の話はできても、それ以上はとても無理!お願いします!」

頬を紅潮させて潤んだ瞳でそうお願いする知織ちゃんは、同性の私から見ても、めちゃくちゃかわいかった。

話が決まったところで、ゆっくりと明日の対策を立てるべく、私達は遅いランチへ向かった。
人気のうどん店は13時を過ぎてもすごい行列だったので、私たちは古い御屋敷を改装したお蕎麦屋さんに入った。
入口近くのテーブル席で、冷たい山かけ蕎麦をすすりながら、知織ちゃんの明日の服について相談した。

途中で、トイレに立った知織ちゃんが、首をかしげながら戻ってきた。
「どしたん?」

「……違うかもしれへんけど……向うのお座敷に入らはったお客さん、由未ちゃんのお兄さんのような気がする。」
「え?お兄ちゃん?……女連れやった?」

知織ちゃんは、首を振った。
「わからない。トイレから出てきはった男の人がお兄さんに似てる気がして、隠れたの。」

「わ!ほな、こっそり覗いてくる!」
私は、トイレに立つふりをして、お座敷のほうへ行った。

障子越しに兄の声が聞こえる。
「……これ以上は、無理。俺、おばさんに殺されたくないし。」

いきなりの物騒な言葉と、ぴりぴりした兄の声に、私は固まった。
女性のすすり泣く声が聞こえる。

「泣かれても興醒めや。帰るわ。」

ガタッと音がする……兄が席を立とうとしているらしい。
慌てて障子から離れようとした私の耳に、知っている声が聞こえた。

「ごめんなさい。義人さん。どうか、行かないでください。もう、わがまま言いません。」

……これ……百合子姫?
驚く私に、次の兄の言葉が追い打ちをかける。

「かわいいわがままはむしろ好きやけどな。依存してくる女は二度と抱かへん。百合子のは偏執や。これ以上続けても、お前がしんどくなるだけや。もうやめとき。」

私は、生まれてはじめて、腰を抜かした。

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