草食御曹司の恋

強い日差しばかりか、何日も続く異常な高気温にアラフォーの体が悲鳴を上げた。
実験中に倒れるなんて、赤道直下の都市にいた時にもなかったのに。
どんなに運命に逆らえたとしても、時の流れには逆らえない。

「博之くん!!」

バタバタと足音がしたと思ったら、扉が突然開いて、俺の名前を呼んで妻の梓が病室に飛び込んできた。
俺が軽く手を挙げてそれに応えると、表情をふにゃりと緩めた。

「研究室から電話で…倒れたって聞いて、ビックリして…」
「大げさだな。軽い熱中症だよ」

今にも泣き出しそうな彼女を安心させたくて、ベッドの上で体を起こす。頭はまだ少しフラフラするけど、気分は大分よくなった。

「ダメ、今日は1日安静にして」

唇を尖らせて、俺の肩を押して再び体をベッドに沈ませようとする。
押し倒されたような形になって、久々に俺の加虐心に火が付いた。

「梓、ずいぶんと積極的だな」
「なっ、何言ってるの!大人しく寝てなさい!!」

唇を一段と尖らせて抗議する彼女に、降参とばかり微笑む。妻の怒った顔も十分に可愛いと思うが、弱っているときには笑顔の方が何倍も心安らぐ。

「…心配したんだから」
「また、どうせアイツが大騒ぎしたんだろ?」
「清水君から電話があって、とにかく急いで病院に行ってくれって」

清水は俺が准教授として籍を置く研究室の院生だ。真面目で見込みのある学生だが、いざという時には慌てて冷静な判断が出来ない。
院生やゼミ生は、たまに我が家に招いて飲み会をするので、妻とも顔見知りだ。

「あんまり責めないであげて。心配してくれてたんだから」

俺が険しい顔をしていたせいか、妻が清水のフォローをする。しかし、それはそれで俺は気に入らない。
もう結婚して7年も経つというのに、これしきのことで嫉妬してしまうくらい、妻にベタ惚れらしい。
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