草食御曹司の恋

「せっかくだから、ゆっくりするかな。さすがに講義は休講だけど、他は俺がいなくても何とかなるだろうし」
「とにかく今日一日は休んでね。お兄ちゃんにも連絡しとく」
「持つべきものは、親友で義兄で優秀な共同研究者だな」

梓の兄、熊澤錬は家業と研究との二足のわらじ生活を続け、昨年やっと念願だった博士号を取得した。
熊澤精機も大きな業績の伸びこそないものの、たゆまない技術革新を武器に世界シェアを着実に拡大し続けている。
技術開発の責任者であり、取締役の一人として名を連ねる錬の功績は大きく、一時次期社長にとの声も上がったものの、錬は一研究者であり続けることを選び、今でも母校の教員になった俺と共同開発に取り組む日々を送っている。

「今、美波も大変な時だから、お兄ちゃんにほどほどにするように言っとかなきゃ」
「ああ、予定日、今月末だったか?」
「そう。でも、3人目だから予定より早く産まれるかもって」

私生活でもかつて絶食系とまで呼ばれた面影はなく、結婚前に授かった長女に続いて2年後には長男が誕生し、この夏の終わりには三児の父となる予定だ。

「今度は男?女?」
「お母さんの予想では女の子だって」
「当たるもんな、お義母さんの予想」

熊澤家の母、司紗の孫の性別予想はもはや恒例になっていて、自分が産んだ4人の子どもの性別だけでなく、孫も全て出産前に性別を言い当てた。
熊澤家には先に結婚した次男の櫂に一男一女の2人の子どもがおり、今回が5人目の孫になる。

「私はどっちでも、楽しみ」

ふっと笑ったはずの梓の表情が、ほんの少し曇っているのに、俺はあえて気づかないふりをした。
俺たち夫婦に子どもはいない。検査でも異常が見つからない、いわゆる原因不明不妊だった。数年前に始めた不妊治療もなかなか実を結ばず、半年前に中断したところだ。
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