俺様当主の花嫁教育
「心配するな。別にとんでもない代償を求めたりしない。金はいらないし、身体で払えとも言わない」

「か、からっ……」

「安心しろ。俺はそこまで女に困ってない」


ホッとしたけれど、地味に女心が傷つく言い方だ。
それでも彼は確かにそう言った。
それなら、西郷さんの結婚式までの短い間、私が彼と協定を組んでも大きな問題にはならないはず。


もう、ヤケだ。
それでなくても私は今底辺までめり込んでいて、この世の何にも希望はない。
それなら、このとびきり美しくて胡散臭い悪魔のような男の手をとっても、今後の人生に大差ない小さな傷くらいにしかならないだろう。


「……わかった。それなら、信用する。私を、着物が似合う大和撫子にしてください」


意を決して呟く私に、彼はわずかに目を細めた。
そして、スッと立ち上がる。


座っていてもわかったけれど、目の前で見上げた彼は、私より頭一つ分背が高い。
スラッとしたスマートな体格に、思わず見惚れる美しい仕草。
ゴクッと息をのむ私に、彼は優雅に手を差し出した。


「俺は、御影。御影東和(みかげとうわ)。三十歳。あんたは?」


西郷さんと同い年。
しかもなんだかとても物々しくて優雅で、彼にピッタリの名前。
そんな感想を抱きながら、私は彼の手を握った。


「笠原志麻。……二十九になったばかりです」


私の自己紹介を聞いてクスッと笑った彼も、『和風な名前に不釣り合い』とでも思ったんだろう。


「後悔させないよ」


笑い声をかみ殺す彼をスルーするのも屈辱だったけど。
私の頭の中で、屈辱的な失恋への復讐のゴングが鳴り響くのを感じた。
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