恋がしたい。ただ恋がしたい。

私の恋はずっと迷子のままだ。


恋する気持ちを忘れるっていうのは、その人がどんな形をしていたのかを忘れていく事に似ていると思う。


純くんがさっき不機嫌そうに固く引き結んでいたあの唇は…触れると温かくて柔らかいって、私の唇はまだ覚えている。


あの大きな手のひらは温かそうに見えて実はとても冷たい。


しなやかな指先は私の輪郭をなぞる時は優しいくせに、同じくその指先は内側へするりと潜り込むと、意地悪に動き回って狂おしいほどの快楽を与えてくれた。


ひとつになる時の突き抜けるような感覚も…背中に回した手が触れた汗の一粒一粒の感触だって、まだ昨日の事のように思い出せる。


純くんの形を…私はいつまで経っても忘れることができない。


今までの恋人は、別れた瞬間からその形を思いだそうとするのを止めることができたのに。


亨だってそうだ。別れる前はほとんど会わなくなっていたし、触れ合っていなかったっていうのもあるけど…


私に散々愛を紡いだその口唇がどんな形をしていたか…形、色、香り、感触を…いや、顔すらも既に輪郭が曖昧な感じになってきている。


だけど、純くんの形だけはどうしても忘れることができない。


どうしてなんだろう…その事が自分でも理解できなくて、いつも戸惑ってしまう。



純くんはただの同僚だ。私の中でも、そこはもうきっちりと線を引いている。



ずっと同僚として近くにいるからなのか、自分でも気がつかない心の奥底に未練を残しているからなのか。


せめて違う職場になりたいのに、私にも純くんにも未だに異動の話は来ない。



…神様って、ほんと意地悪だ。
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