好きも嫌いも冷静に


もうこれ以上お邪魔してはいけない。そう思っていたところだった。

「伊織さん。私、先に行ってますから、ともみさんと少しお話しされたらどうですか?」

そう言って彼女さんは頭をペコッと下げて行ってしまった。

「解った〜。すぐ追い掛けるから〜」

「は〜い…」

何だかいい感じだな。信頼関係がなければこんな配慮は…。

「よく解らないけど気を利かされてしまったらしい」

「…あの」

「彼女はね、あ、今の女性ね、俺が結婚して欲しいとお願いした人なんだ。…とても大事な人なんだ」

「…はい」

決定打。先にもう放たれてしまった。
ショックだけど、悲しいショックじゃない…。
だって、とてもお似合いだもの。
でも寂しいモノはある。急に北風に吹き込まれた感じ…。

「ともみちゃんは…いい子だね。俺、二度目に会った時そう確信したよ。…よく知りもしないのに、勝手な事言ってごめんね?
何がとか、どこがとか、具体的には解らないけど、そう感じたんだ。感覚?
ともみちゃんは、きっといいお嫁さんになるなぁって。
君と結婚出来る人は羨ましいと思ったよ」

「あ、あ、…あの」

そんな…、そんな事、言わないでほしい…。じゃあ…私では駄目ですかって、問い掛けたくなってしまう。

「ハハ、俺、何言ってるんだろうね?上手く言えないけど…、君には君に合う人、きっと見つかる。どこかに必ず居ると思うよ?残念ながら俺には縁がなかった。
俺の…、自惚れかも知れないけど…。俺に好意を持っていてくれてたのではないかと思って…」

あ…。

「はい…。初めて出会ったあの夜から、ずっと…」

ずっと好きです。ずっと忘れられません。…今も。

「有難う。ともみちゃんはとても素直で魅力的な女の子だよ?だからきっと見つかる、いい人が。
じゃあ…、また、どこかで会ったら…」

手を振られた。行ってしまう…。
少しずつ遠ざかる背中に叫んだ。

「あ、あ、…あのう!彼女さんに有難うと、お時間をくれて有難うございましたと、お伝えくださ〜い」

聞こえたみたい。OKサインを返してくれた。
人目も気にせず、堪え切れなかった涙が出てしまう。今日は隠してくれる人は居ない。
嬉しさと寂しさ、…なんて切ないんだろう。
こんな事って…。はぁ…。切な過ぎる。
本当にこれで、さよなら、ですよね?伊織さん。
ここ迄が私に与えられたあの人との縁。
今度こそ、もう、ない…よね。
…伊織さん。貴方との出会いは、貴方はずるい、罪深い人ですよ。
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