彼は藤娘
母が張り込んだお寿司を食べたあと、父が車で光明寺へ送ってくれた。
紅葉で有名なこのお寺は、さすがに大賑わい。
一方通行規制するほどの人、人、人。
普段静かなお寺なので、ギャップに驚く。

「俺、初めて来たけど、綺麗な紅葉やな。」
彩乃くんが、まるで扇をかざすかのようにスッと腕を上げて紅葉を見上げた。
ほんと、綺麗……。

「毎月、月釜もかかるんよ。また一緒に来よ。」
そう言うと、彩乃くんは目を細めて微笑み、私の手を取った。
「今日はあき、制服ちゃうし、手ぇつないでもかまへんやろ?」
そう聞かれて、一応彩乃くんなりに気を遣ってくれてたことにはじめて気づいた。

私が校則違反で投書されたって言ったから……。
……そういえば夕べもお堂を出たらいつの間にか手が離れてたことに今更思い当たる。
やっぱり、わかりにくい人だわ、彩乃くん。

でも。
ずっとこんなふうに、歩いていきたい。

秋は紅葉、春は桜の下を、手をつないで。

「あ、そうや!今週ずっと朝、同じ電車に乗ってへんのと、彩乃くんが髪切ったことで、別れたって誤解されてるらしいで?」
赤い毛氈の床几台で甘酒をいただきながらそう言うと、彩乃くんは
「あ~。そうらしいな。」
と、低い声で言った。

「聞いてるんや。もしかして早速コクられた?」
さすがに平常心でいられず、ついそう聞いてしまった。

彩乃くんは、興味なさそうにサラリと言った。
「まあ。あきは気にせんでええ。全部断ってるし。」

全部、って。
動揺する私を置いてきぼりに、彩乃くんがため息をついた。
「それより問題は、急に入門者が増えてることやな。ある程度は人気商売と割り切らなあかんのかもしれんけど、めんどくさいわ。」

え!?
そ、そ、そうなんや。
「彩乃くんが教えるん?」
「全部ちゃうけど。平日の夜しか来れへん子らは俺も分担くるやろな。」

私はしばし考えて、ボソッと言ってみた。
「私も、習おうかな。」

彩乃くんは、婉然と笑った。
「あほやな。あきは、俺だけ見てて。」
胸が甘く疼く。
「あきは真面目やから、自分が習い始めたら、俺のことをかまう時間が減るやろ?あかん。ただでさえ忙しいんやし、やめとき。」

「……はい。」
そんなふうに言われたら、絶対逆らえない。

「ほんまは生徒会もやめたらええのに、って思ってる。」
え!?
驚いて彩乃くんを見つめると、苦笑された。
「悪ぃな。本音や。でも一旦引き受けたら手抜きせぇへんとこ、尊敬してる。せやし、がんばり。来年も。」

……やばい。
胸がきゅんきゅんしてる。

彩乃くんのこと、好きすぎる。

うれしすぎる……
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