彼は藤娘
歌え!恋する乙女
春爛漫。
彩乃くんは、ゴールデンウィークのお舞台に向けてお稽古にいそしんでいる。

忙しいだろうにお稽古の行き帰りに、折に触れ、桜の銘木を見に連れて行ってくれるので、この春はとても贅沢な気持ち。
ソメイヨシノももちろん綺麗だけど、京都の桜はやはり多種多様な銘木。
芳澤流お家元の紅枝垂れ、義人くん家の桜園、セルジュん家の遅咲きの枝垂れ桜……本当に見事で胸一杯になる。

4月8日。
私たちは、揃って高校2年生になった。
生徒会の先輩がたの入れ知恵で、私たちは選択科目を圧倒的少数派で統一した。
結果、見事に友達4人みんな同じクラスになった。

「さあ、これからが問題やわ。よりによって選択講座まで数学三昧。私が落ちこぼれへんようにちゃんと教えてよね、わかるまで。」
始業式開始直前、遥香がふんぞり返ってそう言うと、奈津菜が苦々しく言った。
「夜遊びやめて授業中に寝るのやめたら、問題ないと思うで?」
燈子ちゃんが黙ってうなずく。

……相変わらずお盛んな遙香は、一年足らずで男性経験2桁に突入した。
もはや「十三太郎」と名付けるのも馬鹿馬鹿しい状態だ。
遥香が何か言い返そうとしたとき、始業式が始まった。

我が校の式は全て仏前式典。
仏教讃歌を何曲も歌う。
最後の「恩徳讃」で、つつがなく終了。

続いて、生徒会長が壇上に上がる。
来月の生徒会役員選挙の説明と、生徒会に興味がある人に見学説明会を随時行う、らしい。

……聞いてないし。
たぶん先輩がたが最後のお勤めのつもりで生徒会室に詰めてくれる、んだよね?
なんか、イロイロ心配だなあ。
あることないこと吹き込んでその気にさせるんじゃなかろうか。
あまり調子いいことばかり言わないでほしい。
ああ、心配。

1人やきもきしたが、周囲のざわめきにふと気づいた。
なんだなんだ?

壇上には、小柄な男性が立っていた。
いかにもいいとこのぼんぼん風の、ぽやぽやした人。

噂になってた新任の数学教師らしい。
おっとりしてはりそうで、そんな頭が回りそうに見えない。
人は見かけによらないのだな。

「小デブ、ってゆーほど太ってはいいひん?でも、ぽにゃぽにゃそう。」
始業式のあと、遥香が新任の数学教師、佐野先生をそう評した。

「早速、うちら、教わることになるみたいやね。数Ⅱと数B。」
燈子ちゃんが、時間割表を見ながらそう言った。
横からのぞきこむと、なるほど、確かに佐野先生。

「選択講座の演習も。やったー!」
1人テンションの高い奈津菜に、少し驚く。

「なっちゅん?気に入った?」
「いいやん。かわいいやん。しかも独身で優秀な若い男やで。対象としては合格やわ。楽
しくなりそう♪」

へえ……。
こんな奈津菜、はじめて見た。
頭にお花が咲いてるのが見える、気がする。

春だなあ。
< 86 / 203 >

この作品をシェア

pagetop