イケメン御曹司に独占されてます
あの夜、夢を見て取り乱した私は、結局そのまま秀明さんの優しい腕の中で眠ってしまった。
でも、翌朝目覚めた時はベッドにひとりでいて……。
その後、一緒に朝食を取った時にはすっかりいつも通りの池永さんで、もしかしてみんな夢だったのか、なんて思うほどだ。


視界の端に入った、池永さんのワイシャツの腕。
あの時、私が掴んだ背中は、間違いなく池永さんが身につけていた柔らかなシャツだった。
夜景が広がる、ふたりきりの部屋で。
まるでその存在を確かめるみたいに、私たちは暗闇の中で触れ合った……。


切れ切れな記憶が脳裏を過ぎり、油断すると甘い余韻が思考の隙間に忍び込み……。次の瞬間、慌てて意識を引き戻す。


ダメだ。今は仕事中。
こんなんじゃ、前に失敗した時と変わらない。

この間、滝川さんに『大きな責任がかかってくることを自覚しなさい』と言われたことを思い出す。

今、処理している納品書は、小さな鉄工所から送られてきたものだ。日付は先月のもの。きっと向こうの担当者が、送るのを忘れてしまっていたのだろう。決済条件で言えば今月末に支払うべきものだけど、こちらでの処理の期限は、本当なら昨日で過ぎてしまっている。

けれど、例えうちにとってはわずかと思える金額でも、取引先によってはひと月支払いが遅れただけでたちまち資金繰りに行き詰ってしまうこともある。
この伝票だって本当ならもっと早く送ってもらわなくてはいけないけれど、その辺の事情を考慮した池永さんは必ず先方が困らない処理をする。

必要なら自ら経理や会計に掛け合って……。池永さんが周囲の人たちから支持される本当の理由は、きっと外見だけでは無く、こういうところにあるんだろう。


私はそんな池永さんのアシスタント。とにかく今は、仕事に集中しなくちゃ……。
私は、雑念を振り切るように電卓を叩き始めた。






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