イケメン御曹司に独占されてます
背後で何かを言いかけた池永さんを無視して、自販機まで駆け寄る。財布の中の小銭を落ち着かない仕草で探しながら、なんとか平静を取り戻して池永さんにブラックコーヒー、自分にはカフェオレを買った。
そして池永さんが座るベンチに背中を向けながら深呼吸する。


どうかしてる。本当にどうかしている。
さっきの自分は、まるで料理や花を用意して池永さんを待っていたいような、甘い気持ちに溢れていて——。


乱れた息を整えながらそっとベンチに戻ると、チラリと私を一瞥したあと、池永さんの視線はそのまま空中の真ん丸な月に向けられた。

冴え冴えとした満月は、少し怖いくらいの青白い輝きを放ちながら暗闇に浮かんでいる。

夜空にくっきりとした輪郭。
思わず目を閉じたけれど、その残像がまぶたに焼きついている。

途端に体中にぴりっとした衝撃が走り、鳥肌が立った。
こんなに長い年月を経たというのに、やっぱり私は月が苦手だ。
どうしても少女の頃、月夜の夜に起こったこととリンクしてしまう。


池永さんはただ黙って月を見上げている。
街頭に照らされた横顔は、夜の闇に綺麗な輪郭を浮き上がらせて、鋭く見つめる瞳は、まるで月に挑んでいるみたいだ。


いつの間にかすぐそばまで近寄っていた私に、池永さんが優しい視線を向ける。
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