私の小さな願い事
慶応 二年 春

母は強し

~依里~



多津が来てくれたのは、二条城の梅が満開の頃

なぜ、それがわかったかというと

到着早々

へっぴり腰の私の両手をひき

庭を歩く

「怖い~多津?どこまで歩くの???」

聞いたところで、返事が聞こえる訳じゃない

ピタッと立ち止まり、多津が私の後ろに回り込んだ

そして、私の左の掌を上に向かせ

〝うめ〟

と書いた


クンクン嗅ぐと、確かに!!!

「わぁ!!梅のにおいだ!!
今年も綺麗に咲いたのね!!」

嬉しくて、梅の木に触りたくなった

手で前方を探ると、枝が手に当たる

枝に顔を近づけると、さらに臭いが増す

すると、また後ろから多津が私の掌に

〝まんかい〟


「どの木も、満開なのね?」

〝○〟

「ふふっ 御正室様に無理を言って、多津に来てもらってよかったわ!!
ありがとう!!
あら!お子も喜んでいるわ!!
多津!!触って!!」

多津がお腹に手を添えた

元気いっぱいなお子だこと

〝たいへんそう〟

「ふふっ 大丈夫よ!!
女の子だから!!」

〝わかりません〟

「なんとなく、女の子だと思うの」


多津は、前とは違った

前は、私を閉じ込める人だった

今回は、私を外に出す人

それは、毎日だった

ありとあらゆる場所に連れて行かれた

最初は、へっぴり腰だったのに

多津の両手を握っていたら、何歩で曲がり角とか、段差とか、わかるようになった

そして、多津と同じ方法で

慶喜様と会話が出来るようになった

〝たいちょうは?〟

「多津のおかげで、すごく良いの!!
毎日、楽しくて!!」

〝よかったな〟

「うん!!ありがとう!!
多津を呼んでくれて!!」

〝また、くる〟

「はい お待ちしてます」


なんとなく

慶喜様が、気不味そう

会いに来ても、すぐ帰る



なんとなく、嫌な予感がした




そして、それを聞いてはいけない気もした






慶喜様の足音が遠くに行ってから

多津に話し掛けてみた

「私… 慶喜様に、隠し事されてる」

〝なぜ、そうおもう〟

「んー?なんでかな……」


自信がなくなって、お腹に手を当て

ポンポンと撫でる


「すぐ、帰ってしまうからかな?
欲張りなのかな?」


〝それとなく、さぐります〟


「ううん、多津にそんなこと頼めないわ!
良いのよ……言いたくないことだってあるでしょう
いつか、お話ししてくれるのを待つわ!」






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