私の小さな願い事
~依里~



夕餉には、来ると言った多津が来なかった

代わりに来た女中は、部屋にそっとご飯を置いて、襖を閉めて去って行った

見えるというのは、酷なことね



まるで、汚いものでも見るような目で

私を見ていった


入口に置かれたお膳を眺め

食欲の無くなるのを感じる

それは、残飯のようなものだった



見えなければ、箸をつけたかもしれない



そっと廊下にお膳を出した


お膳を引きにきた女中が、部屋を覗く

足音から、二人いるのがわかる


布団の中で寝たふりをした



「どう?」

「寝てる」

「なんで食べなかったのかなぁ」

「食が細いとは、聞いていたけど、残念ね」

「慶喜様になんて報告する?」

「毒が入っていたと、気づかれた訳じゃないわよね」

「まさか… そのために混ぜたのよ」




ヒソヒソ話ながら遠ざかる


慶喜様が、私に毒を……


息をするのも忘れるくらい


寝たふりがばれるくらい


驚いた




いらなくなったら、捨てていいと言ったけど、まさか…


お子の命までとろうとは……



一生懸命に息を整えた


多津もいないなら、ここで産むことは

難しい


逃げる手立てを考えなきゃ



夜中、下調べをする為


コソッと庭へ


大きいお腹で、塀や木を昇るのは、無理


見張りの位置

見回りの時間

人数



一晩中、うろうろした

明日の夜、ここから逃げよう


翌日も、朝から残飯

毒入りかもと思う前に、食欲がなくなる


水も何が入っているか

わかったもんじゃない


女中が来てから

「すみません、食欲がないので
それから、体調が良くないので
今日は、一日休んでいます
様子を見に来なくても良いですから」

そう言うと、女中がサッサとお膳を持って
いなくなる


お腹に手を当て、誓う



無事に産んであげる!!

二人で生きて行こうね!!




少しお腹が張っているけど

まだ、出て来ちゃ駄目だよ!!


ここから逃げるまで


我慢してね!!!






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