君と、美味しい毎日を
03.肉じゃが
生まれて初めて着る学ランの重さにようやく慣れてきた頃、案の定、父親の病気は再発した。
元々忙しくしていた瑶のお母さんはますます仕事にのめりこみ、二人の仲は急速に冷え込んでいった。

それに比例するように両親は子供達への関心を失い、以前は温めて食べるようにと用意してくれていた食事が千円札二枚に変わった。

俺の分と瑶の分とで一枚ずつだ。

千円もあれば、食事とデザートくらいは十分に買えるから特に不満はなかった。

ただ、コンビニ弁当のローテションはちょっと飽きる。

今日は何か作ってあるといいな。
微かな期待をこめて、家の鍵を開けた。

玄関に入った瞬間、カレーの美味しそうな匂いが漂ってきた。

瑶のお母さん、帰ってきてるんだ。珍しいな、こんな早い時間に。

「ただいま」

「おかえりなさい」

キッチンに立っていたのはお母さんじゃなく、瑶だった。
ダイニングテーブルにはいつも通り千円札が置かれていた。

「なに、やってんの?」

見ればわかることを俺は問いかけた。

「コンビニのごはん飽きたから、カレー作ってみた。 ごはんも炊いたの」

「ふぅん」

ダイニングテーブルの千円札を掴んで、リビングを出ようとした俺の背に瑶が声をかける。

「あのさ、たくさん作ったからよかったら昴も食べる? カレーしかないけど」




「「いただきます」」

コンビニ弁当はそれぞれ部屋で食べていたから、瑶と一緒に食事をするのは久しぶりだ。
そもそも、夕食を誰かと食べるのもいつぶりだろうか。


「どうかな?」
瑶が不安そうに聞いてきた。
多分、料理は得意じゃないんだろう。

「普通。 普通にうまいけど・・・にんじんはでかすぎ。中まで火通ってないよ」

「うそ??」

「ほんと。食べてみろよ」

瑶が大きなにんじんを口に入れ、顔をしかめた。

「ごめん。変なもの食べさせちゃったね」

「いいよ、コンビニ弁当よりかうまい」


沈黙が続く。

瑶のことを嫌いなわけじゃないけど、何を話したらいいのかわからない。

クラスの女子と同じように接すればいいんだろうけど、瑶には性格悪い俺を既に見せてしまっているから、今さら良い子ぶるのも気恥ずかしい。

俺は無表情のままカレーを食べ終えた。

「ごちそうさま」

「全部食べたんだ・・お腹壊さないかな?」

本気で心配している瑶が可笑しくて、俺は少しだけ笑顔になれた。

「平気だよ。 あのさ、明日は俺が作るから・・・」

一緒に食べよう の一言は言えなかった。
俺は皿を持って、流しに向かう。

「え?? 昴、ごはん作れるの??」

「たぶんお前よりはマシ」

瑶は口を開けたままポカンとしていた。

俺が料理を出来ることに驚いたのか、
俺が作ると言ったことに驚いたのか、

それはわからなかった。



翌日、何を作るか散々迷ったあげく、俺は肉じゃがと簡単なサラダを作った。

「すごい!!綺麗で美味しそう」

瑶にしては珍しく、はしゃいだような声を出す。

「別にすごくないよ。 いただきます」

俺は肉じゃがを口に運ぶ。
まずくはないと思うけど・・・
バレないようにそっと瑶の様子を伺う。

「おいしいっ!!旅館のごはんみたいな味だ」

瑶が小さな子供みたく無邪気に笑う。

こんな風に笑ったところ、初めて見た。

嬉しいような苦いような、胸の奥がチリチリと焦げるように痛んだ。


「すごいね、昴。料理できるんだね。
私も練習しようかな」

「別にいいんじゃない? ごはんは俺が作ればいいし」

深く考えずに言ってしまって、はっとした。
これじゃあ、毎日一緒に食べたいって言ってるみたいじゃないか。
別にそういうつもりじゃなかった。
瑶は嫌かも知れないのに。

俺は慌てて、言い訳した。

「俺が作って置いとくから、好きな時間に部屋で食べたらいいじゃん」

俺の勘違いかも知れないけど、その言葉を聞いた瑶の瞳が寂しそうに揺れた気がした。

胸の奥がまたチリチリと痛みを増す。


ありがとう と瑶は小さく呟いた。


だけど、その日以来、俺達はリビングで一緒に食事をとるようになった。

お互い予定があったりで別々の日ももちろんあったけど、出来る限り一緒に食べようとした。


ほとんど会話らしい会話もなく、ちっとも楽しくはなかったけど。

だから、これをきっかけに俺達が仲良くなったという訳では決してない。

ただ、俺も瑶も一人で食べる食事の味気なさを誰よりも知っていた。

それだけの事だった。
































































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