王子様はハチミツ色の嘘をつく
その後も東郷社長の言動ひとつひとつに翻弄されながら、私もコーヒーを一杯頂き、それが飲み終わる頃に深見さんが迎えに来た。
社長のスマホに到着の連絡が入って、ふたりでマンションの一階まで降り外に出ると、目の前に昨日私が乗ったのと同じ車が停まっていた。
深見さんは私たちに気が付くと、運転席から降りてきて後部座席のドアを慣れた動作で開けてくれる。
先に社長がそこに乗りこみ、私も恐縮しながら乗車すると彼の隣に座った。
運転席に戻った深見さんは、車を発車させる前にバックミラーで社長の方をうかがい、低音ボイスで話す。
「社長。……例のお嬢様が、“お父様に言いつける”と怒って帰っていきましたが」
「そんな脅しに僕が屈するとでも? ……とにかく深見、彼女の話は今はしないでください」
冷たく言い放った社長に、深見さんが短く答える。
「失礼いたしました」
それから車は走り出したけど、社長は難しい顔をして視線を窓の外に投げてしまい、車内に険悪なムードが流れる。
そのピリピリとした空気に居たたまれなくなりながら、私は二人の会話の内容について考えていた。
この感じだと、さっきの電話の相手も深見さんだったんだろうな。
確か、社長は誰かを“追い返してください”と頼んでいて、その誰かに“芹沢美都以外興味はない”と伝えるようにも言っていて……。
その人が深見さんの言う“例のお嬢様”なのだとしたら、彼女が怒っているのは私が原因……?
「美都」
色々と思いを巡らせていると、社長が私を呼んだ。パッと彼の方を向くと、彼は分厚い手帳を開いて私に差し出している。