王子様はハチミツ色の嘘をつく


私がキョロキョロと部屋を見回している間に、デスクの方から五~六冊のファイルを持ってきた社長が、それを応接用テーブルの上にドサッと置く。

そして「ここに座って下さい」と、私をソファの方へ促すと、ファイルを開いていきなり説明を始めた。


「ここに出ているのが、うちの社と取引のある銀行のリストです。ここに出ている基本情報を覚えることと、担当者の名前を記憶しておくことがひとつ。それから……」

「ちょ、ちょっと待って下さい! どういうことですか? 急に銀行と言われましても、私、経理の人間じゃありませんし……」


間髪入れず次のファイルの説明に入ろうとしていた社長の動きがピタッと止まり、視線を上げた彼が私をじっと見る。

や、やめてぇ……その輝く瞳で見つめられたら、眩しすぎます……

王子オーラに圧倒されてソファの上で腰が引けている私に、社長はしれっと言い放つ。


「……最初に言いませんでしたっけ? キミには公私ともに僕のパートナーになってもらうと」

「パートナー……?」


しかも、“公私ともに”……って?


「どうやら言い忘れていたようですね。つまり、会社にいる間は社長秘書として、仕事を離れたときには妻として。いつでも僕をサポートできる人間になっていただきたいのです」


……いま。ワケの分からない単語が二つほど出てきた気がするんですけど、私の幻聴でしょうか。

ハニワのごとくぽかんと口を開ける私を社長は気にも留めず、「さて、わかっていただいたところで次のステップに……」と、サクサク手元のファイルを開いては何か説明している。

しかし、その説明は私に何の印象も残さず、耳を右から左に通り過ぎてく。

その原因はもちろん、“社長秘書”と“妻”という、現実離れも甚だしいワードのせいである。



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