フルブラは恋で割って召し上がれ
「なにか?」
後部座席のシートの足元に動かないように箱を置いたマネージャーが、追ってきた私を意外そうな顔で見下ろしている。
「あ、あの……。気をつけて、安全運転で帰ってくださいね。眠くなったら、途中でちゃんと休憩して……」
私がしどろもどろでそう言うのを見て、斎藤氏はクッと小さく喉を鳴らして笑った。
「大丈夫。来るときもパーキングで仮眠はしっかり取ったし。――君は涎垂らして爆睡していたからわからなかっただろうけど」
よ、涎垂らして寝てたのっ!? 私!
今も垂らしてるわけじゃないのに、思わず手の甲を口元に持っていって恥ずかしさの余り真っ赤になってしまう。
「それに、CD、一泊のレンタルだから明日には返さないといけないしね」
真っ赤になっている私を見て、ニヤッと笑ってから斉藤氏は車に乗り込んだ。
エンジンをかけて、ウィンドウを下ろし、車の側に突っ立ったままの私に微笑みかける。
「心配してくれてありがとう。ゆっくり帰るよ」
切れ長の目を優しく細められてそう言われて、私は図らずもドキッとときめいてしまっていた。
イケメンのツンデレ! なんて威力なのっ!
「あぁ、それと。研修終わったら試験とレポート提出があるから。覚悟しておくように」
最っ高に意地悪そうに、そして満足そうに笑って去っていく斎藤氏の車。
「もぉっ……! さっきのトキメキを返せーっ!」
前途多難これからを暗示するような私の叫びが、遠くの岩木山まで届いたようなそんな気がした。