フルブラは恋で割って召し上がれ

「夏目、こちらがこの樹ファームの社長夫妻。研修内容は彼らにまかせてあるので指示に従うように」

 TVや映画の中でしか見たことのない古い造りの農家の建物の大きさに圧倒されながら、玄関口で出迎えてくれたご夫妻に「夏目杏花です。よろしくお願いします」と一礼した私。
「遠いところ、よく来てくださいました。社長の樹昭夫(いつきあきお)です。こっちは家内の桃子」
「ずっと車に乗りっぱなしで疲れたでしょ? とりあえずお部屋に案内しますね。その後で温泉なんてどう? 近くにいい温泉があるのよ」

 温泉と聞いただけで疲れが一気に軽くなったような気がした。研修先の樹さんご夫妻は、すっごくいい人たちみたいでこちらも一安心。

「甘やかさないでくださいよ。仕事で来てるんですから」
「はいはい、鬼マネージャーさん。――さ、入って入って。夏目さん」
 すぐさま釘をさしてきた斉藤氏を笑顔でするりとかわす桃子さん。で、出来る……、この女性(ひと)。

「昭夫さん、お願いしておいたものは……」
「あぁ、そこに用意してあるよ。サンジョナゴールドと紅玉、それと早生ふじ。Mサイズでそれぞれ3kgだったな」
「助かります。タイアップ先に明日イチに持っていって交渉しなきゃいけないんで。――じゃあ、彼女をよろしくお願いします」

 そう言って玄関先に積んであった箱を抱え、自動車の方へと歩き出したマネージャー。
 え? もしかして、これからとんぼ返りで東京に戻るの? 

「マネージャー!」

 腰が痛むのも忘れて思わず彼の元へ駆け寄ってしまっていた。――だって、朝からずっと運転してきたのに、また同じ時間運転しなくちゃいけないなんて大変すぎるよね。


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