フルブラは恋で割って召し上がれ
そう言うとジョッキを飲み干し、泡のついた口元を拭うと店員さんの呼び出しブザーを鳴らす。
「今夜はとことん付き合うわよ。ほら、杏花もジョッキ空けて!」
私の代わりに和也に対して怒り心頭のいずみ。失恋の傷口をふんわり真綿でくるんで遠回しに慰めるんじゃなくて、私の悪かったところをズバッと言ってくれるのが何よりも嬉しかった。
そっか……。私、いつの間にか彼女っていうより、和也のお母さんになっちゃっていたんだな……っていずみの言葉を聞いてやっと気がついた。
心の中にぽっかりと空いてしまった穴は、恋人が去っていったからというよりも、巣立っていったって言葉に置き換えた方がしっくりくるもの。
「杏花もフリーになったことだし、これで気兼ねなく合コンに誘えるわ。取引先のコたちが、『夏目さん、呼んでくださいよー』って未だにうるさくてさ。杏花が来れば、集まる面子のレベルも上がりそうだし。楽しみだわぁ」
「うーん……合コンはちょっと……」
ノリノリのいずみには申し訳ないけれど、しばらくは誰かと付き合うなんて考えられないってそう思った。
「なに? 杏花までもう次の相手いるとか?」
「いないいない。いないってば」
突拍子もないいずみの言葉を笑って否定したのに、その時なぜか頭に浮かんできたのはマネージャー斎藤氏の姿。
「ないないない! 絶対ないからっ!」
慌てて私は頭と手を一緒に振って、頭の中から斎藤氏の姿を追い払う。
「なにそんなにムキになってんの?」
酔い始めたところに激しく頭を振ったものだから、バランスを崩してぺたりと横に倒れてしまった私。
「ちょ、ちょっと大丈夫? 杏花」
「……だいじょーぶぅ……」
火照った頬に座布団の冷たさが気持ちよくて思わず目を閉じてしまう。ふわふわの心地良さに包まれながら「絶対、ないんだから……」って口から漏れた呟きは、心と裏腹にとても甘く私の耳に響いていた。