フルブラは恋で割って召し上がれ
 
「あ、そうか……」

 私は思わず声に出してしまっていた。
 斉藤氏が梨花ちゃんの作ったブローチを見て、あんなに優しい顔をした理由わけ。梨花ちゃん、斉藤さんの姪っ子だからなんだね。

「夏目くんが仕事に一生懸命なのは、みんな知っているからね。野菜ソムリエの資格も同期の誰よりも早く取得したし、名前を知っているお客さまには、ちゃんと名前で呼んで接客しているのも。頑張った分のその努力は、他の人の目にちゃんと映るものなんだよ」

 店長の言葉が、嬉しくて、照れくさくて、そして店長に認められていることを知って誇らしい気持ちになって、私は「ありがとうございます」の言葉と一緒に涙が溢れてくるのを感じていた。

「店長、頑張ってみなさい。ひとりで無茶をせず、みんなと協力し合って、いいお店を作りなさい。私も協力するからね」

 俯いたまま何度も相槌を打つ私に、店長は「でも、」と声音を少し変えて言う。

「売上は、負けないよ?」

 顔を上げた私を迎えてくれたのは、店長のウィンク。でも元々が細い目だからよくわからなかったけれど、その仕草が可愛らしてくて私はつられて笑顔になってしまう。

「がんばって、追い越しますから待っててください」
「宣戦布告だね。私も早く職場復帰しなくちゃ、だ」

 ガッツポーズをしたまま、「あいたたたた!」と動けなくなってしまった店長の様子を見て、すかさず奥さま登場。

「ほらほら、いきなり動くからですよ。夏目さんからいただいたフルーツブランデーをいただいて今日はもう横になってください。夏目さん、ごめんなさいね、お見送りも出来なくて」

「いいえ、私こそすいません。まだ具合の悪いときに長話をしてしまって。私、これでお暇しますので、ゆっくり休んでください」

 奥さんの肩を借りて椅子から立ち上がった店長が、右手をあげて「それじゃあ、マネージャーによろしく」と言ってキッチンから出て行く姿に深く一礼する私。

「ありがとうございます」
 そう言って私はとれも晴れやかな気持ちで宮本家をあとにした。


 電車を降りてからも、樹さん家族が斎藤氏の親戚だったことや、新店舗の店長に斎藤氏も推してくれていたこととか、色んなことがぐるぐる頭の中を巡っていた。

 斎藤氏が言ってくれた『大事な社員』『君を守る』――それって、店長候補になる人材だからってことだよね、きっと。それ以上のことはないんだよね。


 ちょぴり沈んだ気持ちになったまま、もうすぐアパートっていうところで私の足はぴたりとその場に貼り付いてしまった。

 私の前方、アパートの入り口に佇んでいるあの男性、もしかしてもしかしなくても、斎藤氏その人なんですが?
 どうして斎藤氏が私のアパートの前にいるの?



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