フルブラは恋で割って召し上がれ

 ――そして、宮本店長宅からの帰り道。
 私は電車の中でぼんやりと店長との話を思い出していた。


「あぁ、三軒茶屋の新店舗の件ね。マネージャーに夏目くんを推薦したのは私なんだ」

 ソファーに座ると腰が痛むというので、キッチンのダイニングテーブルの方でのおもてなし。
 奥さまが煎れてくださったお茶の入った湯呑みを持ったまま、「えええっ!?」と大声を出して私は立ち上がってしまっていた。

 ガタンと音をたてた椅子にこぼれそうになったお茶。すいませんすいません、と店長と、音に驚いてキッチンを覗きに来た奥さまに頭を下げて謝って、私は力が抜けたようにトスンと椅子に座り直す。

「この間の店長会議でその話題が出てね。私の他に夏目くんを推していた人は何人かいたよ。それに、マネージャーも同じ意見だったしね」
「マネージャーも、ですか……?」
「うん、マネージャーは君に一目置いているからね」
「え?」

 私がびっくりして目を丸くして店長を見ると、店長はにっこりと微笑んで頷いてくれた。

 私の父とそう年齢の変わらない宮本店長。
 いつもニコニコと笑顔を絶やさない人で、黒縁のセルフレームの眼鏡の奥の目はいつも柔和に細められている。どんなに疲れていても、お客さまひとりひとりに真摯に対応する姿は入社当時からの私のお手本。

 都内の楽市の店舗を何件か異動して店長を勤めてきた人だけれど、宮本店長がいる間はその店の売上がトップになるという伝説を持つくらいの凄い人なのですよ。

「研修のとき、青森の樹ファームに行ったでしょう?」
「は、はい」
「あそこね、将来の店長になれそうな人だけが送り出されるんだよ。まぁ、収穫の時期なんかに合わせて宮崎とか山梨とかバリエーションはありけどね。私のときは宮崎でねぇ。マンゴー、美味しかったなぁ」

 ははは、と笑ってから、いたたたた、と腰を押さえる店長。

「樹さんとこの、桃子さん。彼女ね、マネージャーのお姉さん。あそこに研修に連れていかれたんだから、相当気に入られたんだねぇ、夏目くん」

 桃子さんが斎藤氏のお姉さん? 言われてみれば、どことなく似ているかも。――と言うか、研修中のシゴキ具合は今になって思えば斎藤氏と同じくらいのドSっぷりだったわ……。

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