フルブラは恋で割って召し上がれ
 
「でも、電話の相手が黒木さんで良かったぁ。女の人だったら大変なことになったよね」
 そう言ってから、ふと気付いたことがあった。斎藤氏って彼女さん、いるのかな? そんな噂は聞いたことがないけど……。

 ベッドの側にぺたりと座ったまま、斎藤氏の寝顔を初めてまじまじと見つめてしまう。
 子供みたいに無防備な寝顔。いつものドSっぷりなんてどこにも見当たらない。
 その寝顔が可愛くて、思わず「彼女さん、いるのかなぁ? いないといいなぁ……」なんて呟いてしまっていた私。

 言ってから、自分の言葉にびっくりして慌てて立ち上がる。

「な、なんかお腹空いちゃった! そう言えば晩ご飯食べてなかったっけ。なんか作ろう。うん、食べよう! お腹空きすぎたから変なこと考えちゃったのよ!」

 脇目も振らずキッチンへ行くと、怒涛の勢いで玉ねぎを刻み、ピーマンを輪切りにし、ハムを無造作にちぎりまくる。それらをピザソースを塗った食パンに乗っけて、とろけるチーズをトッピング。そして、オーブントースターへセット。

「疲れた……」

 私は肩で息をしながら冷蔵庫の扉にコツンとおでこをつける。ピザトーストが焼きあがるまでの数分間、自分の胸の鼓動が静まるのを待ちながら。




「前言撤回!」

 泥酔した上司を一晩部屋に泊めるっていうハプニング。寝顔が可愛い、なんて胸キュンな展開のまま眠りにつこうかと思っていたけれど、現実ってそう甘くない。ふっかふかの掛け布団も、もふもふの毛布も、うちには一組しかないって事実に直面した私。

 まさかベッドに潜り込んで一緒に寝るわけにはいかないし、寝ている斎藤氏から布団を剥いで夏物のタオルケットと肌掛けを代わりにかけるなんて暴挙に出ることも出来ず……。

 クローゼットからダウンコートを引っ張りだして着こみ、その上からタオルケットと肌掛けをぐるぐる巻いて、クッションを枕に床にごろんと寝転んだ。首の後ろがちくちくするのは、多分、クリーニングの札を取るのを忘れたから。

「なにやってるんだろ……私」

 男の人と一つ屋根の下ってドキドキなシチュエーションなのに、私はクリーニング札を取る気力もなく、泣きそうになりながらひつじを数えていた。



< 52 / 57 >

この作品をシェア

pagetop