フルブラは恋で割って召し上がれ
「ダメです! お金なんて受け取れません」
「ブランデー代や泊めてもらったお礼も兼ねて、だ。受け取ってもらわないと困る」
「安いやつですし、それに……泊まったことは気にしないでください」
斎藤氏が私の部屋で一夜を明かしたことにお金を払われることがすごくイヤで、何だか悲しくなってしまって、私は斎藤氏の顔を見ることが出来ないままで頑なに拒否してしまう。
「そうか?――それでは、また近いうちに食事に誘ってもいいかな? ひとりで食事をするのは味気ないのでね」
「は、はい。……それなら」
私が顔をあげると、斎藤氏は少し首を傾げてから右手で私の前髪をかき上げた。
――え? な、なにっ?
「顔が赤い。熱があるんじゃないか?」
そう言って、腰をかがめると自分の額を私のおデコにコツン、とつけてくる。
すぐ側に、斎藤氏の顔。髭剃り前だから、いつものきれいに手入れされた髭じゃなくて無精髭も生えていて。なんだか私が仕事で知っている斎藤氏とは違うような気がして……。
額と額が離れて、お互いの鼻が交差したときに少しだけかすめていって、唇が触れそうになったそのとき……、私は思わず両手で口と鼻を押さえる。
「は……、は……、はっくょんっ!――っ痛ったぁっ!」
ムードも場所もわきまえずに私の口から飛び出したくしゃみのせいで、私は斎藤氏の顔面を頭で思い切り殴りつけるような形になってしまった。恐る恐る顔をあげると、痛そうに少しだけ顔をしかめて右手で口元を覆っている斎藤氏の姿。
「す、すいませんっ! 大丈夫ですかっ?」
オロオロと慌てふためく私の様子を見て、手で隠された口元から「くっ」と小さな声が漏れたかと思うと、可笑しそうに笑い始めた斎藤氏。――あれっ? この流れ、面接のときと同じような……。
「本当に君といると飽きないね」――そう言って、私の頭にポンと軽く手を乗せて。
「熱があるようなら無理せず休むように。今日は遅番だろう? 私が代わりにシフトにはいるから」
「だ、大丈夫、です……」
「そう? それじゃあ、もしもの時は連絡を入れるように。では、失礼するよ」
パタンと静かに閉められたドア。
くしゃみが出たのは、きっと昨夜、斎藤氏にベッドを占領されたせい。
でも、今、こんなに頬も額も熱いのは、違う意味で斎藤氏のせい。
「……ほんとに熱がでちゃいそぅ……」
まだ斎藤氏の残り香が消えない部屋で、私は風邪とは違う熱にうなされそうになっていた。
