おいてけぼりティーンネイジャー
Φίληβος-快楽について side暎
「つまり、『ピレボス』は人の名前なのね?」

2000m走ってアップした後、ストレッチをしながら、キャプテンがそう確認してきた。
今年の陸上部は、珍しく女子部で一番速い平原まゆ先輩がキャプテンとなり、男子部からは名ばかりの副キャプテンを立てている。

「はい。ソクラテスはご存じですか?プラトンの……」
「はいはいはい!説明されてもわかんないから!一条、やっぱり頭いいよね~?。」

1学年上のまゆ先輩にそう言われて、俺は少し照れつつも、話を遮られたことにがっかりしていた。
プラトンの話を他人とすることなど一度もなかったので、一瞬テンションが上がったのだが。

「よろしければ、お貸ししますよ。興味がわいたらいつでも言ってください。」 
無駄だろうなと思いつつ、そう言ってみた。

まゆ先輩は肩をすくめた。
「……しかし、そんなことを考えながら走ってるとは……一条 暎(はゆる)、やっぱり、君、めんどくさくておもしろいわ。」

めんどくさい、か。
前に同じようなことを言われてふられたなあ、と苦々しく思い出す。
あの時は、「めんどくさい」のみならず「つまんない」とも言われたが。

あれは去年……中学1年生の秋に、学年で1番かわいい子に告白された。
あまり何も考えずにOKしたのだが、よくよく考えてみれば、土日も陸上部の練習があるのでどこにも遊びに行けない。
せっかく彼女が俺の部活が終わるのを待ってくれていても、俺は彼女とろくな会話もできなかった。

別に彼女に興味がないわけではなかった。
女の子に対して人並みの欲望もある。

でも、手をつないで歩くことすらみっともない気がして、俺にはできなかった。
ただ彼女と並んで歩き、家まで送るだけの日々。 
俺にできた会話は、陸上と本の話だけ。

それでも付き合い始めてすぐに、詩が好きだと言った彼女と話がしたくて、かたっぱしから詩集を読みふけった。
しかし今から思えば、彼女はカッコをつけたかっただけだったのだろう。

俺が感銘を受けた詩人レミ・ド・グールモンの話をしようとすると、不機嫌になり、話題を変えられた。
1ヶ月たたないうちに、彼女から別れを切り出された。

こんなものか、としか思えなかった。

「まあ、一条は無駄にかっこいいから、それでももてるよね。」
まゆ先輩がぐーんと上半身をそらしながらそう言った。

「……無駄ですね、実際。」
胸がないな、と、目線をそらしながらも思ってしまった。

名前通り、立派な平原だ。
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