おいてけぼりティーンネイジャー
「俺の兄貴ね、ものすっごく真面目で優秀で、しかもイイ奴なの。そりゃもう俺なんか太刀打ちできないぐらい出来のいい男。そんなんと比較されて育ってみろよ。卑屈にもなるだろ、普通に。」
頬杖をついてため息をつく。

アリサは、黙って俺を見ていた。
暗い廊下に光る緑色の非常口灯が、アリサの顔色をより青白く際立たせていた。

「家だって、けっこうキツイ家なんだぜ。俺のじーさん、ここの市の初代市長なの。ただし、親父はじーさんが歳くってから、赤坂の芸者に産ませた子。意味わかる?」

おもしろいぐらいアリサの表情が変わった。

俺は苦笑して、続けた。
「内緒ね。……市内の年配の人はみんな知ってるけど。市で一番の名士のお家騒動。じーさんが、本妻と娘を追い出して、芸者だったばーさんと息子を本宅に入れちゃったの。ダメだろ?」

アリサは潔癖そうだから、こんなこと言ったらますますどん引きされそうだな。
そう思いつつ、もう止まらなかった。

「一年しないうちに本妻が亡くなって、娘は本宅に戻ったんだけどね、元芸者のばーさんと折り合いが悪くて、口論と暴力の耐えない家だったらしい。親父も命の危険を感じるほどの虐めを受けたって。」

アリサは、両手で口をおおった。

「親父が成人する前に、じーさんも本妻の娘も亡くなってしまったから、結局親父が家を継いだんだけどね、せっかく迎えた名家の嫁、つまり俺の母親だけど、母とばーさんがまた合わなくて!ばーさんが死ぬまで、家の中、荒れまくってたよ。」

殺伐とした家で、兄貴だけはみんなに愛されてた。
すげーよな、兄貴は。

「じーさんの信奉者にどれだけ勧められても、親父は市長選や議員選には出ないみたい。自分は妾(めかけ)の子だから、表には立てないんだって。ずっと助役なんだけどね。で、自分の代わりに兄貴を市長にしたいらしい。そのために兄貴はとりあえずは県の上級職目指してんの。……息苦しい家だろ?」

そう言ってから、一つ気付いた。
兄貴が長年付き合ってた彼女と別れたのも、将来を見越してのことかもしれない。
普通の家で育った女の子に背負わせるには、この家も、兄貴の立場も、過酷過ぎるから。

……兄貴は本気で祖父、祖母、父、母……みんなの期待に応える人生を送ろうとしているのだろう。
そんな兄貴に、俺なんか、かなうわけない。

俺は、無理矢理笑顔を作ってアリサに向けた。
「な!アリサの思うような完璧な人間じゃないよ、俺。卑屈だもん。でも事実だししょうがない、って受け入れてる。……アリサと違うところは、他人を僻(ひが)まない、こと?」

俺の言葉にアリサの頬が少し赤くなった。

怒ったのか恥ずかしいのかよくわからなかったけれど。
< 11 / 198 >

この作品をシェア

pagetop