おいてけぼりティーンネイジャー
「一条くんだけね、やらしい目で見ないの。」
ひときわ存在感のある大きな乳房を震わせて、水泳部所属のクラスメートが言った。

「別に。」
何がどう、別に、なのか自分でもわからないまま彼女から離れた。

激情にかられて、大きな胸を鷲掴みにしたくなる自分から逃げ出すように。

シャワーを浴びて濡れたまま歩いていると
「一条くん、タオル、使って。」
……こんな風に、よく知らない女子にタオルを差し出されることがあった。

「誰?」
さすがに知らない子に借りるのは気持ち悪い気がして、相手の素性を確かめる。
恥ずかしそうにクラスと名前を告げられてから、やっと手を出してタオルを借りる。

「ありがとう。太田さん。」
お礼を言ってタオルを返す。
俺にとってはただそれだけのことで、女子がそこに何を求めているのか全く理解できなかった。


学校は楽しかったが、家は俺にとってあまり居心地のいいものではなかった。
必要以上に厳格な父が、朝の挨拶から箸の上げ下ろしまで、やたらうるさく注意してきた。
7つ年上の兄貴は父の言いつけをよく守る優等生だったが、俺は要領よく取り繕うことばかりが上手くなるただの卑怯者でしかない。

兄貴は歳の離れた弟を慈しんでくれたし、俺も小さい頃は兄貴に素直に甘えることができた。
しかし小学校に入って、兄貴がいかに優秀な生徒だったかを教師たちから何度も言われ続けて、ひねくれてしまったようだ。

「暎(はゆる)、今帰ったのか。期末試験の結果どうだった?お父さん、気にしてたぞ。」
兄貴は心配してそう聞いてくれていることはよくわかっているのに、俺は素直になれなかった。

「今まで通り。」
そっぽを向いてそう言うと、兄貴はホッとしたらしく笑顔を向けてくれた。

……もし成績が落ちたら、父に厳しく叱責されるだろう。
兄貴は本気で俺を心配してくれている。
よくわかっているはずなのに、俺は兄貴に笑顔を向けることもできなかった。

「そうか。よかった。がんばったな。暎は偉いな。成績もいいし、陸上もがんばってるし。県総体、応援に行くよ。」
「いいよ、別に。どうせ相手できないから。」
俺はそう言い置いて、自室に入った。

ベッドに身を投げ出し、ちょっと後悔する。
兄貴は母と一緒に来るつもりかもしれない。

あんな言い方しなくてもよかったのに。
何で俺はこうなんだろう。

自分で自分の気持ちがコントロールできず、苛立っていた。


反抗期まっただなかの14歳の夏だった。
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