おいてけぼりティーンネイジャー
翌1月に発売したIDEA(イデア)のニューシングル「Cinderella(シンデレラ)」は、歌詞もメロディーも美しい曲だった。
ちょっと耽美すぎてファンにしか受け入れられないかと思ったけれど、しばらくするとCMに起用されて、思わぬロングヒットとなった。


この曲は年末のツアーファイナルとなる大阪でのコンサートではじめてファンに披露されたが、心に沁みる素直な愛の言葉の数々に泣いているファンが多かった。
私自身は、歌詞に込められた暎(はゆる)さんのサインに胸がドキドキしてとても泣けなかった。

♪いくつもの独りの夜 僕も淋しかったよ
 待ち焦がれた心を 歌に託して 君に♪

♪もう離さない 隔てるものは何もない
 おいで 僕のもとへ おいで 2人の城へ♪

♪ガラスの靴は消えない 
 僕らの愛も永遠に 月の光に輝く♪

なんてのはいいとして……
 
♪僕はただのアルキビアデス
 君への愛だけが真実♪

……おいおいおい。
ツッコミどころ満載過ぎて、私は苦笑い。

アルキビアデスって、ソクラテスにぞっこんのでっかい美丈夫の女装戦士だよ。
暎さん、女装……ではないものの、それに近いもんなあ。
てか、暎さんがアルキビアデスなら、私はソクラテスなの?

ふむ。
そうかもね。
私の、何不自由ない、愛と知に満たされた生活は暎さんと出逢って大きく変わってく。

饗宴に酔っ払って乱入した、アルキビアデス。
憎めない、美しい、愛しい、私のアルキビアデス。

しかし「シンデレラ」に「アルキビアデス」……いいのか?
世界観があまりにも一貫してないよ。
……らしいけどね。

コンサート会場を出て、満員の電車に乗った。
「あの『シンデレラ』って……知織(しおり)ちゃん?やんなあ?」
遠慮がちに小声で確認する由未ちゃんに、私は苦笑した。

「たぶんね。女性関係の整理が終わったみたいやね。」
「でも何ヶ所かよくわからんかった。発売されたら歌詞見るわ~。」

首をかしげてる由未ちゃんに、ちょっと申し訳なく感じた。
「ごめんね。アルキビアデスとかやろ?あまりにも一般的じゃないよねえ。」

「……まあ、一条さんの歌詞って、たまに難しいから。」
そう言って、ふふっと由未ちゃんが笑った。


車内が落ち着くのを待って、暎さんにメールした。

<千秋楽おめでとうございます。暎さんのソクラテスより>

「それだけ?」
由未ちゃんが横から覗き込んでそう聞いた。

「うん。メールで褒めても、電話でもっぺんねだられるやろから。」
……そう言ってから、私は首をかしげた。

「今の言い方、私、暎さんの気持ちに、あぐらかいてる?」

そんなつもりはなかったけれど、客観的に聞けば嫌な感じかもしれない。
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