『ゆる彼』とワケあり結婚、始まりました。
「キッチンだよ」…と声がして足が止まった。

明かりが点けられた部屋の中には、大きな冷蔵庫が居座ってる。
アイランド形式になってる厨房には調理道具も何も出ておらず、長いこと使われていない雰囲気が漂ってた。


「大きなキッチンですね。おばあちゃん、いつもここでお食事を作ってたんですか?」


背中を向けてる人に声をかけた。
彼はあたしの方に向きもせず、「うん…」と小さく答えた。

そのままの姿勢で考えてることなんて、あたしには分からない。
その不理解さを知らん顔して、話を進めてもいけない気がした。



「…お腹空きません?よく考えたらあたし、晩ご飯まだだったんですよね……」


どことなく雰囲気が暗くなった彼に話しかけた。

空腹が一番頭を働かせると言ったのは誰だったっけ。…でも、今満たさないといけないのは頭よりも心の方。
…気持ちのような気がした。


「折角こんな大きなキッチンがあるんだから何か作れるといいですね。ガスや水道は止められてないですか?だったらあたし、一走り買い物にでも行ってきましょうか。おばあちゃんに習った物ならきっと美味しく作れると思うし……」


ガタン…と壁に体をぶつけて、彼が背後を振り向いた。

ギュッと抱きつかれたから驚いて、何も言い出せなくなってしまった。



……いつもの優しい彼とは違う荒っぽくて力任せな感じがして怖かった。
柔らかくてあったかい筈なのに、筋肉質な硬さが露わになって冷たい。

力がこもっていく一方で、あたしは次第に息がしづらくなったーーー。


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