フキゲン課長の溺愛事情
「こちらは駅から徒歩十二分ですが築浅の人気物件ですよ」
「ここはオートロックなので女性にも安心です」
「こちらは築年数は古いですが、改装したばかりなので中はきれいでお薦めです」
「この部屋はスーパーに近く、お客様の条件に一番合うのですが、ご入居は二週間後になります」

 あれこれと説明してくれる女性営業員の言葉に、璃子は「はあ」と気のない返事をした。

 どんな物件を見せられても、胸が躍らない。

(あたり前だよね……。三年前みたいに、啓一との幸せな未来を思い描きながら、部屋を探しているわけじゃないんだから……)

 出て行かなくちゃいけない。それに、啓一のいない部屋にいたくない。でも、啓一との絆を――幸せな日々を――育んだ部屋から出て行きたくない……。

 どっちつかずの気持ちで結局璃子は選ぶことも決めることもできないまま、営業所を後にした。そうして書店で本を探したり映画館で映画を見たりして過ごし、その日の夜もソファで寝落ちしたのだった。

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