B級恋愛
「市川さん、この件なんですが―――」

彼の名が呼ばれて思わず振り返る。そこに居たのは道明寺恋菜だった。

「ん…?ああこれな―――」

彼女から書類を受け取り目を通す。

「とくに問題はないよ。このまま送っても」

「わかりました」

道明寺は書類を受け取り笑みを浮かべてその場を離れた。

気のせいだろうか?

杏子はふとこんな感情に支配されていた。今に始まった訳じゃないしとくに気にしてはいなかった。
けれど―――

ドンっ

気づいたら受付に出したタオルの束に八つ当たりをしている。すぐ側にいる同じ班の男性社員がビビっているがそんな事はお構いなしだ。苛立った感情を押さえる術はとうに忘れた―――いやもともと持っていないのだ。

「早く帰れっての」

ポツリ呟いてパソコンの画面に見いる。物とデーターが一致しているのを確認すると画面を戻す。時間はとうに4時を過ぎている。何度もチラチラと様子を伺う。

―――ダメだ、仕事にならない―――

「…タオル持ってきます」

出来るだけ感情を悟られないように杏子は受付を後にした。

リネン室でタオルたたみをやるも気は紛れない。例えようのない苛立ちに襲われる。

(何だっての…)

深い溜め息にやり場がない怒り…

(怒り―――?)

はたと顔を上げる。

(今、私は―――)

自分の感情に驚いた。あり得ない感情だと思っていたから―――なぜ道明寺にそんな感情を抱いたのだろうか?

この感情の正体に気づくまでに時間は必要なかった―――

< 30 / 31 >

この作品をシェア

pagetop