ウサギとカメの物語
もう用は済んだし、と思ってさっさと行こうとしたら、カメ男に「大野」と呼び止められた。
また何かミスでも指摘されるのかと思ってげんなりしながら振り向く。
「なに?」
「社内恋愛は順調?」
「…………はい?」
何を言ってるんだコイツ、と私は目を丸くしてカメ男をガン見した。
出来ることならそのお堅い印象を強くする黒縁メガネを取り除いて、ヤツのほっそい目をガン見したいところだったけど。
それは止めておいた。
「随分と仕事に支障をきたしてるから。課長と社内恋愛でも楽しんでるのかなって。違う?」
な、な、なんてことを言うんだカメ男ぉぉぉ!!
私は顔を真っ赤にしながら怒りを抑えることなくヤツにぶつけた。
「そんなのあんたに関係ないでしょ!?言いたくないし言う必要もないし!」
「だったら」
須和の声が冷たく私を制止する。
「だったらちゃんと仕事してよ。初歩的なミス3つもしといて怒るのはどうかと思うけど」
「ミスは……本当にごめん。謝る。けど、他の2つは身に覚えない」
「他の2つは俺がフォローした」
ヤツはそう言って、特に表情を変えることもなく淡々と言葉を続けていく。
「いつもほとんどミスのない大野が伝票の集計ミス、FAXミス。おかしいと思った。だから何も言わないでフォローしといて、3つめミスしたら注意するつもりだった」
身に覚えがないとは思っていたけれど、私、本当にミスしてたんだ。
そしてそれをカメ男にフォローされたんだ。
熊谷課長のことばっかり目で追っちゃって、仕事に集中出来てなかったんだ。
それをズバリと言われて、ショックだった。
自分の能力の低さと浮き足立っていた気持ちが恥ずかしくて。
須和の目を見れなかった。