Memories of Fire
「ソフィー」
「あ……」

 熱を含んだ声で名を呼ばれ、身体が震える。

 クラウスはその隙を逃さず、ソフィーの頬を両手で包み唇を重ねた。途端、ソフィーはふわりと内臓が浮くみたいな感覚に痺れる。

 唇はすぐに離され、ソフィーの呆然とした表情にクラウスがフッと笑った。ハッと我に返ったソフィーはクラウスの胸を両手で押し返し、距離を取ろうとする。

「な、何するの!」
「引くより、押してみようかと思いまして」
「――っ!」

 パン――と乾いた音が廊下に響く。自分の心を見透かすような視線に耐えられなくて、ソフィーが勢いのままクラウスを叩いたのだ。

 じんじんと痛む手を押さえ、彼女はクラウスを睨みつける。

 彼の頬は叩かれて赤くなっていたけれど、ソフィーを見つめる表情は冷静なままだ。

「ソフィー」
「気安く呼ばないで」

 ここで感情のままに怒ったらますますクラウスの思う壺。ソフィーは震える手を握り締め、叫びたいのを堪える。

「こういうことも、軽々しくしないでちょうだい。好き合って結婚するわけではないのだから、必要最低限の交流で結構よ」

 フンと顔を背け、ソフィーはそのまま廊下を歩き出す。

「……わかりました。では、結婚式まで会いに来るのは控えます」

 ため息と共にかけられた言葉。ソフィーはその呆れた響きにドキッとした胸を押さえ、歩みを速めた。

(どうして……)

 こんな気持ちになるのだ。怒り、落胆、不安……いろいろな感情が混ざり合って、自分でも処理しきれない。

 クラウスが「わかった」と言ったことが、胸に突き刺さって痛い。「押してみよう」とキスまでしておいて、その後すぐに引いた彼が気に入らなかった。

 ああ、本当にもう……どうしてなのだ。

(これじゃあ、私が……)

 クラウスを好きみたいではないか――

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