Memories of Fire
「一件落着、といったところでしょうか。ヴォルフ様の求愛は、情熱的でしたね」

 クラウスが呟き、ソフィーはチラリと彼を見る。

「情熱的で済めば良かったけれど、あれは相当しつこかったわよ。フローラもよく受け入れる気になったと思うわ。まったく、ヴォルフは自分のことばかりで……これからのフローラの苦労が目に浮かぶようだわ」

 ソフィーはため息を吐いて、フローラのそばを片時も離れようとしない弟に呆れた視線を送る。ヴォルフはフローラに夢中でそんな姉にはこれっぽっちも気づかないのだけれど。

「厳しいですね。ソフィーお姉様は」
「まぁ……貴方よりは素直なアプローチだったかもしれないわね」
「それは褒められているのでしょうか?」

 クラウスがクスクスと笑うので、ソフィーは眉根を寄せて彼を睨んだ。クラウスは彼女に向き直り、また笑う。

「冗談です。ですが、そのアプローチで捕まったのは、ソフィーですよ」
「別に捕まったわけではないでしょう?私たちは――」
「政略結婚だから……ですか?」

 ソフィーの言葉を引き継いだクラウスは、眼鏡の奥の瞳を細めて彼女を見ている。
 
 ――この眼差しが嫌いだった。
 
 いつもソフィーを遠くから見ているだけの黒い瞳。それが、今はいつだって目の前にある。
 
 鬱陶しいと思っていた。けれど、きっとソフィーはすでに囚われていたのだ。初めてそれに気づいたときから……
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