Memories of Fire
「そんなことはない」
「じゃあ、今日は泊まっていって!」

 ハンナは半ば自棄になってジークベルトの腕を引っ張った。すると、ジークベルトはぎくりとしてハンナの手を払う。

 ハンナはその態度に呆然として、彼を見上げた。ジークベルトは「しまった」という顔をしたが、ゆっくり首を横に振ってハンナの誘いを断る。

「あ……いや、今日は帰る……悪い。明日から東地区でコンサートだから朝早いんだ」

 彼の言葉が嘘ではないことはわかる。だが、別に城から出かけたって何の問題もないし、最近ジークベルトはずっとこんな調子だ。

 それに、今、明らかにジークベルトの態度がぎこちない。

「……嫌なら嫌って言って」
「い、嫌じゃない……ただ、お前の身体が――」
「もう! だから嫌なのでしょ! 私の体型が気に入らないのなら、そう言えばいいわよ。フローラみたいにスタイルもよくないものね!」

 ハンナはそう言うと、身体を反転させ、階段を上ろうとする。それを引き止めようとしてジークベルトが手を伸ばした。

「お、おい。待て、ハンナ。そうじゃな――」

 パシンと渇いた音――彼の手を払い除け、ハンナは焦った表情のジークベルトを一瞥してそのまま階段を駆け上がった。

 今更そんな顔をしても遅い。ハンナはじわりと滲む涙を乱暴に拭って自室へ駆け込むのだった。
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