Memories of Fire
「あの、夕食は食べたの? お腹が空いていたら、侍女に持ってこさせるわ」
「いや、俺は食べてきた。お前は? 食べていないのか?」
「う、ううん。食べたよ……あ、でも、今、お茶を――」
「いい。ハンナ、座れ」

 終始そわそわしているハンナを見かねたジークベルトが、彼女の手を引いてソファへ促す。ハンナはジークベルトの隣に座ると、膝の上で手を握った。

「お前が緊張してどうする?」

 そんなハンナの様子を見て、ジークベルトがため息をつく。

「だ、だって……ジークから部屋に来たいって言うなんて珍しいし……話がある、って改まって言われたら、気になって……」
「ああ……そのことだが……その、悪かった」
「え……?」

 ジークベルトの謝罪の意味がわからず、ハンナは顔を上げて彼を見つめる。ジークベルトは彼女と目が合うと、苦しそうに眉根を寄せてハンナの身体を引き寄せた。

 ふわりと……彼の大きな身体が急に近くなる。男らしい胸板を通してトクン、トクン、と心臓が脈打つのが感じられて、ハンナに伝染(うつ)る。

「俺は、お前の体型に不満があるわけじゃない。こんなに細いお前が心配なのは本当だけど……でも、俺、その……なんというか……邪な理由でお前に食べさせようとしていたから、言いにくかった、というか……」
「え、え……ど、どういう――」

 ハンナが身を捩ってジークベルトの顔を見ようとすると、一層ぎゅっと抱きしめられる。

「とにかく……お前の体型や結婚自体が嫌なわけじゃない」
「じゃあ、どうして……部屋にも来てくれないし、パーティの日は私にくっつくなって言ったわ。それは、どうしてだったの?」
「それは……お前の、む、胸が……あ、当たって、いた、からだ」

 わざとらしく咳払いをして、途切れ途切れにそう言ったジークベルトに、ハンナは「ふえ?」と変な声が出てしまった。
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