ヴァイス・プレジデント番外編

『こんな可愛い男の子が弟じゃなくなっちゃうのは、ちょっと惜しいけど』

『弟じゃなくなっちゃうって…』



ヤマトさんのあせった声も無視して、来た時と同様、ルリ子さんはつむじ風のように店を出て行った。

あとには、呆然と立ちすくむ私たち3人だけが残され。

お前の兄貴、すごいのと結婚してんね、と城さんがつぶやいたのを、覚えている。



それが夏のこと。



そして秋も深まったこの週末、めったにないんだけど、なんとなく3人で集まって、近所のバーの個室で飲んでいたところに。

ほとんど音信不通だった延大さんから、突然の連絡があったのだ。


今どこだ、行くから、というルリ子さんとまったく同じパターンで、ぽかんとする私たちの前に彼は現れた。



「元、って」

「この間いきなり、今日で終わりにしましょう、理由はよくわかってるわよね、だよ。お前ら俺の受けたショックを想像できるか」



見たこともない剣幕の延大さんに、ごめん…とヤマトさんが青くなりながら小さな声で言った。

私もさすがに、言葉が出ない。



「ヤマトは悪くないですよ、俺がばらしたんだ」

「なんでお前が、俺の事情を知ってんだよ」

「情報収集も、秘書の務めなんで」

「兄貴、こいつを責めないでよ、俺なんだよ」



端に座っていたヤマトさんが腰を上げて、テーブルの横に立つ延大さんの腕をつかんだ。



「何がお前なんだ」

「薫は、憎まれ役を買って出てくれただけで。俺だって同じこと、したかったんだよ」



でも、と続けるヤマトさんの声がふいに揺れて、私と城さんは、思わずそちらを見あげる。



「…俺は、兄貴が、久良子さんと一緒になれたらいいって、そう思ってたのに」



私の場所からは、ヤマトさんの、うつむき加減の背中しか、見えないけれど。

延大さんの表情で、ヤマトさんが、どんな顔をしているのか、だいたいわかる。



「悪者になることすら、できなかったんだよ…」




< 134 / 151 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop