ヴァイス・プレジデント番外編

「お食事中にお水を召しあがるのは、消化によくありませんわ」



役員の食事は、前もって予約しておけば、特別メニューを食堂が用意しておいてくれる。

外食したり買いに出たりするより楽で、栄養バランスもいいため、会長はこの方法がお好みだ。

そして、まれに私を同席させて、食べながら仕事をするのが彼のくせだった。

いつも気になっていたことを指摘すると、会長は、じっと黙りこんで、わずかに顔をしかめた。



「家内も同じことを言うよ」

「でしたら改めてくださいませ。ただでさえ、お仕事なさりながらのお食事なんて、胃によろしくないんですから」



食堂の食事は、必ず一汁三菜の形が守られているから、水分が足りないことはないはずだ。

単に、習慣なんだろう。

会長は渋々といった様子で、水のグラスをトレイの外に置いた。

私はそれを、手の届かないところまで引きあげる。



「お食後には、お茶をご用意しますわ。メイソンのグリーンティをいただきましたの」

「楽しみだね」



若干ふてくされているように見えなくもないその顔が、たまらなく素敵で愛しい。

お箸を動かしながら会長が、業界内のフォーラムで登壇する際の、軽いスピーチの下案を口述する。

私は、ひざに置いたノートPCでそれを打った。


プログラマである会長に、口述筆記なんて不要なんだけれど、あまりの多忙さに、こうして時間を節約することもある。

そうでもしないと、この人は簡単に、食事を抜くほうを選んでしまうからだ。


前任の秘書である和華からも引き継いでいたとおり、元開発者だけあって、彼は熱中すると、平気で寝食を忘れてしまう。

いつまでも、若いつもりでいたら、いけないということを、教えてさしあげなければ。

ボスの健康管理も、秘書の務めだもの。

< 14 / 151 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop