ヴァイス・プレジデント番外編
新居となるマンションのモデルルームを見てきたところだった。

お互いの職場にアクセスしやすく、若い世帯が多くて子供を育てやすそうな街。

一緒にあれこれ検討して、ほどよく閑静でほどよく便利な新興住宅地に決めたのだ。

そこまではいい。

問題は、そのモデルルームで私たちを迎えてくれた営業の女性が、ヤマトさんを見るなり「ヤマトじゃない、久しぶり!」と抱きついたところから始まった。



『私のこと覚えてる? あいかわらずいい男だね、こちらは奥さま?』



いらっしゃいませ、とにこりと微笑んでくれる顔は、はっとするほど美しかった。

背が高くて自信にあふれた、成功した女性そのものという感じの人。

別にここまでもいい。

ヤマトさんの昔の女の人に遭遇するなんて何度もあったし、いい加減慣れた。

今回私に深いため息をつかせたのは、ヤマトさんの反応のほうだ。



『え、すみません…ええと?』



彼はモデルルームの玄関で立ち尽くしたまま、戸惑いがちに問いかけた。

女性は吹き出し、手入れされた爪で愛おしげにヤマトさんの頬を叩く。



『やっぱり忘れちゃったか、私はしっかり覚えてるよ、ここの傷痕もね』



左の内腿をなでられたヤマトさんがびくっとし、続いて蒼白になった。

私と目が合うと、さらに青くなった。



「ほんとに知らない人だよ…」

「覚えてないだけでしょう?」



向こうがあれだけ親しげなのに、知らない人ってことないだろう。

静かな画廊を歩きながら、でも知らないんだよ、とヤマトさんが泣きそうな声を出す。

延大さんたちへの贈り物にと、思いついたのは絵だった。

洗面所とかキッチンとか、ちょっとしたところに飾れる小振りの絵。

< 147 / 151 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop