早春譜
 詩織は美紀から、育ての父である正樹を愛していることを聞いた。
それは産みの母が美紀に憑依したからで、育ての母も同居していることも。


『私の恋の意味を叔母さんが教えてくれたの』

美紀はそう言った後、自分の胸に手を当てた。


『不思議でしょ。此処に二人の母が居るのよ』
そう言った美紀の顔は何故か明るかった。


実はこの時既に美紀は、珠希のように一生を正樹に捧げる決意をしていたのだ。
足元にも及ばないことは百も承知だ。
だけど自分の気持ちが収まらないのだ。


美紀は全てを珠希と智恵の思し召しだと思っていたのだった。




 『私の産みの母は大阪の資産家の娘だったの。だから身代金目当てで誘拐されたの。でもね、母は双子だったの。だから間違ったって思ったらしくて、東京駅のコインロッカーに遺棄されたの』


『遺棄!?』


『コインロッカーって気密性が高くて中に閉じ込められたら間違いなく死ぬらしいの。だから私が此処に居るのは奇跡なのかも知れないわね』

衝撃的な自分の過去を明るく話す美紀に詩織は感銘を受けていたのだった。


そう……
全てが運命だったに違いない。
美紀を産んだ母親の死も、同じ日に正樹と珠希夫婦に双子が産まれたことも……


カルフォルニアでの元の恋人同士の再会も、その二人の子供が恋に堕ちた事実も……




 『詩織さん凄いわね。野球部に指示を出して甲子園まで導くし、オマケに俳句部まで創立させて』


『でも、まだ部じゃなくて同好会なんですが』


『あっ、そうだったわね。そうかまだ部になっていなかったね。でももう時間の問題じゃないのかな』


『だとしたら嬉しいのですが……』

詩織は美紀との語らいが嬉しくてたまらなかった。
何時までもずっと一緒に居たいと思っていたのだった。




 『そう言えば、詩織さんの親友だと言った直美さん』


『直美が何かしましたか? 例えば美紀さんに迷惑掛けたとか?』


『違うわ。偶々応援席で知り合って、スコアブックの付け方を教えてもらったのよ。そのスコアブックの形がパッチワークのパターンみたいだって言っていたわ』


『ああー、直美は手芸が好きなんです。本当は文化部に入りたかったのですが、私が無理矢理マネージャーにしてしまいました』


『俳句部も出来たのだから手芸部も……』


『いえ、直美はやっぱり野球部のマネージャーをやってもらわないと……』

詩織は平然と言い切った。


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