早春譜
 そんな思い出に耽りながら、トリュフチョコを丸くしていく。


「少しイビツでも手作り感があって良いかな?」

負け惜しみだと思う。
だけど、美紀のように完璧に作れないのだから仕方ないと思うようにしたのだ。


(先生が帰って来る迄には固まってくれるかな?)

自分の試食用にと少し多目にチョコをいただいてみる。


(トロトロで美味しい。固まらなくてもバッチリだね。でも先生、今何時だと思っているのかな?)

詩織は淳一の帰りが遅いことが気掛かりだったのだ。
本当は貰ったチョコに浮かれて腑抜けな顔になっているかも知れないと思っていたのだった。




 「ただいま」
玄関の方から声がした。
やっと帰って来たかと思い淳一を迎えに行く。
チョコが多くて大変だと思ったからだった。


其処には案の定抱えきれないほどのチョコを手にした淳一が立っていた。


でも驚いたことに、その後ろから直美が顔を覗かせていたのだ。


「じゃあ、先生私はこれで……。詩織、おやすみなさい」

直美は持っていたチョコを玄関先に置くとさっさっと帰ってしまったのだった。


直美を見た瞬間、助かったと思った。
本当は直美に傍にいてほしかったのだ。


詩織は沢山のチョコを見て動揺していた。
どんな対処をしたら良いのか解らなかったからだ。


「ごめん詩織。まさかこんなになるなんて……」

それでも詩織は、頭を掻き掻き盛んに謝る淳一に帰宅の遅さを責めることも出来ずにいた。


「偶然直美さんと昇降口で会って、このチョコを運ぶの手伝ってくれたんだ。勿論、一緒の車になんか載ってないよ」


「解っているわよ」

淳一の悄気た姿が滑稽で詩織から自然に笑みが溢れていた。


「直美は近くだから付いてきてくれたんでしょ。それにしても良くこれだけのチョコを……他の先生が嫉妬しなければいいんだけど」

本当はさっきまでイライラと気をもみながら待っていたとは言いづらい。
だからそっとテーブルの上においた


「あのね。長尾美紀さんにチョコの作り方を教えてもらったの。そのチョコの後でいいから食べてみてね」


「詩織」
戸惑いながらも淳一は呼んだ。


『二人っきりの時は詩織の方がいい』
その言葉をマトモに受けてしまったのだ。


淳一はあれこれと迷った挙げ句に、詩織のチョコを真っ先に口に運んだ。
自分のために用意してくれたのだ。
それが礼儀だと考えたのだ。



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