早春譜
 最初の吟行句会の時よりメンバーは増えた。
だから詩織も部と認めてほしいと思っていたのだ。


「でも先生。これ以上増えたら、輪になって同座する運座では大変になりますね」


「ま、そうなればその時のことだよ」


「でも二つのグループに分ける訳はいかないし、ホントこれ以上増えたら……」


「三年生の抜けた分だけ補充するか?」


「卒業したらですか?」
そう言いながら詩織は考えた。
卒業したら淳一と付き合いたいと思ってチョコを渡した生徒もいるのではないのだろうかと……
自分が十六歳だってことが妬ましくなった。


確かに日本は法律上ではこの歳から結婚は出来る。
だからと言って、淳一に今すぐお嫁さんに貰ってほしいととは言えなかったのだ。




 「先生。このチョコどうしますか?」

思い切って発言した。
淳一と居られるラストチャンスに賭ける三年生を知りたかったのだ。
もしかしたら突然告白してくる生徒もいるかも知れない。
その時きっと自分はショックを受ける。
だからその前にチェックしておきたかったのだ。


実は草いきれと詠んだ生徒も三年だったのだ。
彼女は淳一に顔と名前を覚えてほしくて勉強したようなのだ。
運動部なら引退する時期なのに、彼女は敢えて入って来たのだった。


「詩織に任せるって言いたいけど……一人一人の気持ちなんだ。ホワイトデーに御返しもあるから名簿付けてみるよ」


淳一は詩織の気持ちに気付いていた。
でもだからこそ、チョコをくれた人の名前を開かす訳にはいかなかったのだ。


チョコより甘い一時を淳一も夢に描いていた。
でもあの時『さては俺に惚れたな』と言ってしまったから苦し紛れな行動をとってしまった。
詩織に悪いと思いながらも、句会の質問をして動揺を押さえようとしたのだ。
本当は、詩織だけを愛していると言ってやりたかった。
でもまだ言えるはずがないのだ。
父はずっとカルフォルニアに行ったままになっていたのだった。
だから真実を聞けなかったのだ。


詩織がチョコの話を切り出した時、もしかしたら生徒からのプロポーズを心配しているのかとも思った。


それでも……
チョコを渡してくれた三年生の名前を開かす訳にはいかなかったのだ。


それは教師としてやってはいけないことだと思っていたからだった。


そのことで詩織が苦しむことになっても……
父の返答次第では却ってその方が良いのだとも考えていたのだった。


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