早春譜
 外では淳一の父親が詩織の手を取り予行練習をしていた。


「親父何をしてる!?」

堪らずに淳一は声を掛けた。


淳一はさっきからずっとイライラしながら詩織の到着するのを待っていた。
だから業を煮やしていたのだった。


淳一は詩織の側に近付き、唇を奪っていた。
もうこれ以上待てなかったのだ。


「こら、はしたない。式も済まないうちから」

淳一の父親は苦笑していた。


「親父が詩織を離さないから悪いんだ」


「詩織さん、ふしだらな息子でごめんな」


「親父が其処はふつつかだろう?」


「お前のような奴はふしだらでも勿体ない」


父親の言葉に詩織は思わず吹き出した。
でもすぐ涙に変わった。


「全くお前って奴は、こんな出来損ないですいません」


「いいえ、それだけ娘を愛してくれている証拠だと思いますから……」

その声に驚いて淳一はそっと顔を上げた。


目の前にいた人物に見覚えがあった。
それは入学式の時に詩織の傍にいた、本当の父親だったのだ。
淳一は慌てふためいた。


「まさか……。親父ったら人が悪いよ。一世一代の結婚式の時にこん失態をさせるなんて」


「お前は肝心なことが抜けている。詩織さんには御両親が居るんだ。それだけではない。詩織さんは十六歳なんだぞ。親の許可も無くて結婚出来ると思っていたのか? このバカタレが」
父親は呆れ果てたように言い放った。


「もしかしたらなかなか中に入って来なかった理由は?」


「多分私のせいです。卒業式から帰る車で道が渋滞していまして……」

詩織の父親は申し訳なさそうに言った。


「とんだ無様な姿をお見せ致しまして申し訳ございません」
淳一は頭を掻いていた。




 詩織には美紀と正樹の結婚式を見に行こうと誘った。
でも本当はその後に結婚式を予約していたのだ。


詩織に自分への思いを聞いた訳ではない。
だけど肌で感じていた。


『二人でいる時は詩織の方がいい』
あの言葉にグサッとやられた。
思わず抱き締めたくなった。
どんどん沸き上がる詩織に対する愛。
でもそれは封印させなくてはいけなかった。
本当の兄妹かも知れないと思っていたからだ。
だから淳一は自分でバリアを張ったのだ。


だから尚更愛しいのだ。
だから一刻でも早く結婚したかったのだ。
美紀と結婚した正樹のように、全身全霊で詩織を愛したいがために……




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