早春譜
 「どけどけ!」
玄関で秀樹が直樹を押しのける。

二人の何時も朝の出発風景だった。


勢いよく飛び出した秀樹。
それに続く直樹。


――ガタン、バタン。

秀樹と直樹が慌ただしく自転車で出発して行く。


「自業自得よ!」

美紀は玄関で、二人の背中に声を掛けた。


玄関の横には六畳の和室があり、仏間になっていた。

美紀・秀樹・直樹の三兄弟は同じ日に産まれた三つ子で、その母・珠希の遺影と位牌が仏壇にあった。


「それじゃママ、行って来るね」
美紀は仏壇の前に預けていたテニスラケットをスポーツバッグに入れながら言った。


「パパー、戸締まりお願いね」

今度はリビングに向かって声を掛けた。
正樹が其処でトレーニングをしていたからだった。


美紀は自転車の前籠にバックを乗せて出発した。




 和室の横から顔を出した正樹は、鍵を掛けるために玄関へとやって来た。

白い花と盛り塩がイヤでも目に入る。


「鬼門の玄関か……」

見る度に呟く。
同じ言葉を何度言ったことか。
その度美紀を、子供達を悲しませてきた。


「自分が運転さえしていれば……」
今日もそれを言う。
子供達の前では絶対言わないと誓った言葉を。


階段下のドアを開けて、仏間に入る。

子供達が登校した後、心静かに遺影に向かう。
正樹と珠希の何時もの会話時間だった。


――シュッ。

マッチを擦り、線香に火を付ける。


「なあ珠希、この頃の美紀、二人に似てきたと思わないか?」

そう言いながら遺影に目をやる。


二人と言うのは、産みの母の結城智恵と育ての母の珠希のことだった。


「早いもんだな。あれからもう十八年か」

正樹は三人の産まれた日のことを思い出していた。




 陣痛が始まり免許取り立ての正樹の運転で病院へ向かっていた。

正樹はそれまで助手席専門だった。
でもそれで良いと思っていた。


プロレスの試合の時は、バス移動だった。
家では自転車。
それで困らなかったのだ。


プロレスのことだけ考えていればいい。
珠希にもそう言われていた。


でも産まれて来る子供達のために取得しようと決意したのだった。

珠希のお腹の中に、複数の命が宿っていると解ったからだった。


病院へもう少しという時だった。
目の前をフラフラと歩く女性を発見して車を止めた。
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